7日目/開かずの部屋
●三枝屋敷/研究室
三枝若葉は、おぼつかない足取りで客間を後する。
重たい両足に鞭を打ちながら、先の壱号を追いかける。
確か今日で1週間ほどか。
それほど経った屋敷の廊下。
真紅の絨毯を踏みしめていく。
だが、寝不足からなのか。
妙な緊張感からか。
他人の家に迷い込んだような感覚が付きまとう。
軋む階段を降りた先、1階廊下の中ほど。
青白く錆びた南京錠の部屋で壱号は足を止めた。
そこで、若葉に向き直る。
「ここって確か……」
「はい。先代当主、三枝厳十郎様の研究室です」
と、慣れた手つきで小さな鍵を取り出す。
鍵穴に入る、酸化し切った鍵。
それを回すと、親指くらいある太さのツルが鈍い音を立てて外れる。
壱号、先に扉を開けて会釈をする。
「――どうぞ、お入りください」
まずニオイが若葉を出迎える。
すえたカビ臭や古い書籍の香りが鼻を刺激してくる。
怖気づき、へばりついた足を進める。
薄暗さが目立つ、閉め切った部屋。
その両脇には、天井まで伸びる本棚が並ぶ。
科学者だったというのは本当らしい。
様々な分野の科学書がおさまっている。
部屋の中央を陣取るは四方に角張った机。
剥げた漆や、濁ったフラスコがうっすらと照る。
他にも埃を被った機材が乱雑に置かれている。
染みがついた資料が隙間風になびく。
それのみならず、小さな黒い斑点が机や床に染みをつくっている。
唖然と、惚ける若葉。
扉辺りにいる壱号が補足する。
「こちらは書斎としても兼用されておりました。本格的な……魔術や手術などをする部屋はその奥の扉から地下室へ降りれば向かえます」
「…………手術……地下室……」
中世の拷問部屋が頭をよぎる。
若葉、年季が入った木造の扉を流し見る。
「――『三枝の血筋を絶やす事なかれ』」
「へ?」
「常日頃から先代様はそう口にしていました。そして――」
『――三枝の血筋に仕えよ。三枝の血脈に”外道”の答えがある』
「――と、よくおっしゃっていました」
「……血筋を絶やすなって……母さんやオレの事?」
「はい。先代様のご息女である若葉様のお母様、息子である若葉様。お2人を守る事が家政婦の役目だと仰せつかっておりました」
純粋な眼差し。
その透き通った瞳に嘘偽りはあるのだろうか。
「そして『三枝の血脈を守った末に私達、家政婦の身体を元に戻す知識が得られる』と」
「それが……伍号のいってた『英知を得る』って事?」
おそらく、と壱号は頷く。
「その英知を悪用して世界を我が物にしようと目論む組織があると聞いた事があります」
「……組織……?」
「はい。多頭魔獣と呼ばれる秘密結社です。奴らの手の者が、伍号と接触したため今回のような事が起きたのでしょう」
「………………」
一瞬、言葉を失う若葉。
驚愕ではない。
その荒唐無稽さにだ。
――ひそかに心の中で思う。
大きな屋敷に、人外の家政婦。
外道と呼ばれる魔術や秘術。
そして、願い事が叶う”外道”の書。
それを狙う、秘密結社ときた。
――ここまできて、次は何が来るのだろうか。
正直、口が裂けてもいえなかった。
読了ありがとうございます。
簡潔に。
コミカルに。
引き続き、それらをモットーにやっていこうと思います。
「アホだなぁー」とか、
「なんかこうすれば面白くなるのになぁー」とか、
そんな共感があれば、ブックマークや評価お願いします。
正直、励みになります。