7日目/無知への自嘲
●三枝屋敷/客室
常識外れの光景。
あの目まぐるしいから、今日で3日。
熱を持った擦り傷も冷め、癒え始めた頃。
しかし、疑問と熱狂は増すばかりだ。
「ない! ないッ! ここにもッ!」
客間に備えた、漆塗りの本棚。
三枝若葉は、乱暴にそこを漁る。
その荒々しさに、本への尊重はない。
ゴミをかきむしるかのように。
ただただ、余裕なく本を床に落としていく。
「ああもうッ!?」
自慢ではないが、こんなに本を乱雑に扱った事などない。
今までは知識や著者に敬意や感謝を持ち、丁重に触っていた。
だが、今は違う。
胸をときめかせた、分厚い知識の集大成も。
今では重たいだけの邪魔な産物。
実際、本が悪いというわけではない。
ただ、探し物をするにあたって気が回せないだけだった。
「……次は……」
と、踵を返す。
確か、隣の客間もまだ探していないはずだ。
空の本棚。
足元に本が散乱している。
それを踏み越えていく若葉。
××××× ××××× ×××××
遡る事、約3日前。
その出来事は若葉にとって、世界観が反転するモノだった。
眼前の秘術、異形、未知なる世界。
それらを創作や空想だと決めつけていた過去の自分が恨めしい。
だが実際に彼は、神秘を体験した。
その神秘は”外道”。
フランケンシュタインのような、ツギハギだらけの女性。
彼女が操る、亡霊のような骸骨の群れ。
無邪気な笑顔が似合う、家政婦の少女。
その背中や腕が見るも無残に変態し、蠢く虫の一部が飛び出す。
あれが夢だったのなら、どれだけ気楽だったか。
腐臭が鼻をついた記憶。
それを思い出す度に顔が歪んでしまう。
あれが”外道”。
人外の知識が織りなす、奇想な世界。
心が怯え。
身体が震え。
脳が現実を拒否していた。
まさに人知の理を超えた、”外道”の戦いに他ならない。
若葉は、その一端を垣間見てしまったのか。
正直、あんな悲惨な目には遭いたくない。
そうした人間を蚊帳の外に置く、戦いの折り。
伍号のいい捨てた言葉が、脳内でしつこく反芻する。
『コイツはたまたま、あの屋敷に引っ越してきただけの坊やだぜッ!?」』
『”外道の書”の在処も知らない、ただの坊やだ! ”外道”の何たるかも知らない、無知な坊やだよッ!』
三枝。
その苗字に対して、誇りも恥もない。
普通の苗字で、どこにでもいる名前だと信じていた。
だが、この苗字は三枝厳十郎の孫という意味でもある。
顔も知らない祖父。
その”外道”を知る血脈を、若葉は受け継いでいるのだ。
××××× ××××× ×××××
「ご主人様、よろしいでしょうか?」
「……ああ、壱号さん。いいよ、どうしたの?」
ドアの前で佇んでいた壱号。
綺麗に会釈をして、口を開く。
「少しお休みください。まだ身体も本調子ではないのです」
「……大丈夫だよ……全然、眠くないし……」
正確には、眠れないともいえる。
興奮と恐怖、そして頭の中の声がどうにもうるさいのだ。
『――我の欲を埋めよ。我の身を埋めよ。我を――』
と、誰かの声が木霊する。
「……こうして、少し身体を動かしてる方が……楽だから、さ……」
いいながら、足元に色あせた本を落とす。
背中に、壱号の冷淡な――実際、若葉自身そう思っていないが――視線を浴びる。
「それに……”外道の書”ってヤツも……どこにあるのか……調べないと……さ……困るじゃない……?」
「はい」
わかりやすい、壱号の空返事。
別に邪魔をしにきたわけではなさそうだ。
「昔っからさ……『知らない』『わからない』って言葉が嫌いなんだよね、オレ……何もできないって言い訳みたいでさ……」
と、背中で語る。
また1冊、床に本を落ちる。
「ほら……『わからない』って、自分が勉強不足だから……出る言葉でしょ? それって突き詰めれば自分のせい……だよね?」
「……はい……」
「……両親が突然消えた理由も『わからない』……自分がなぜ襲われたのか『わからない』……”外道の書”ってそもそも何か『わからない』……」
と、自然と手が止まる。
「そんなのもう嫌なんだよね……はは」
小さな弱音。
その自嘲は、頬にへばりついて離れない。
「――わかりました。あまり気乗りはしませんが、”外道”についてお話をしましょう。着いてきてください」
壱号、大げさにため息をつく。
若葉の返事を待たず、扉の端へ消えていった。
読了ありがとうございます。
簡潔に。
コミカルに。
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