4日目/高揚感
●墓場(夜)
三枝若葉は、魅了されていた。
しのぎを削り合う戦い。
墓場を舞台のように舞う。
異形と異形。
毒虫と骸骨。
それはまるで絵本の世界。
その戦いから、目が離せない。
異常で、非日常で、異形な世界が広がっているからだ。
その感覚は昔、父親に買ってもらった海外の絵本を読んだ時に似ている。
そう、自分では知り得ない未知の知識に触れた時。
見聞で身に付き、視野や知識が広がった時。
――その高揚感が、今、若葉の身体を駆け巡っている。
「…………」
恐怖がないといえば、嘘になる。
しかし、恐怖は当の昔に通り越している。
それに勝るは、興奮。
震える手も、足も。
いつしか武者震いの歓喜に変わっている。
今もなお、亡者の群れをせき止めている弐号。
その背後で大人しく見守っている若葉。
感極まっているが、実際には身体が硬直して動けないに近かった。
理由としては、あの人外の戦いには首を突っ込めない。
そう、本能が告げているからだ。
蒸気を出しながら墓石を溶解していく強酸性。
そんな体液の嵐の中に突っ込んだらすぐに死んでしまうだろう。
もし勇猛果敢にも足を踏み入れれば、向こうに倒れている亡者と同じになる。
その亡者も下半身が溶け、上半身だけの状態。
だが、匍匐前進の要領でこちらに向かってくる。
そんな気概は、若葉には一切ない。
冗談ではなく、若葉は普通の人間だ。
あれは人外の戦い。
普通の人間にはひとたまりもない、不条理な嵐。
地震や台風に人間が抗えないと同義のように。
若葉はその嵐が止むのを待つしかない。
「――うわぁ!」
毒虫の猛威を突破した骸骨が1体。
歯並びの悪い口を開けて、若葉へ襲いかかってくる。
なんとか態勢を整えて、近くの墓石に刺さる卒塔婆を握る。
「こ、このッ!」
と、思いっきり細い板を亡者にぶつける。
――が、ひるむ事もなく亡者はさらに近寄ってきた。
振り下ろした板は、中ほどで折れている。
放り投げて足止めをしても、亡者は進む。
「に、弐号!」
若葉、助けを求めるも亡者に囲まれて弐号は身動きがとれない。
亡者は数こそ減っているものの、着実に弐号の体力を減らしていた。
「く、来るなッ! 来るなよッ!!」
と、震える膝をなんとか動かして後退する。
踵がぶつかり、転んでしまう若葉。
亡者は大きく身体を左右に揺らし、若葉に近寄る。
射程に入ったところで、振り上げられる細い腕。
拍子に腰が抜けてしまった若葉。
もう、どうする事もできない、抗えない凶器。
「――っ!?」
と、次の衝撃を予想して目を瞑る。
だが一向に痛覚が襲ってこない。
「知りたいかい?」
静寂の墓場に、伍号の声が響く。
若葉、双眸を開くと目の前の亡者が佇んでいる。
それは人体模型のように、ただ待機している様子だ。
視界の端に、弐号と伍号。
弐号は肩を呼吸している。
が、片や伍号は澄ました顔。
お互いの視線を絡み合う。
「アタシは今、とある依頼主のトコで厄介になっててね。そこから頼まれたんだよ」
「……とある依頼主……?」
と、乾ききった咽喉から自然と声が出た。
読了ありがとうございます。
簡潔に。
コミカルに。
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