4日目/毒虫婦
●墓場
三枝若葉は、目の前の現実を理解できなかった。
足を踏み入れてしまった、夜の墓場。
灰色、白色、黒色と連なる墓石の数々。
その墓石から漏れ出る、おびただしい灰の嵐が彼らを襲う。
「さぁ舞え! アタシの僕達ッ!」
伍号の斧槍が左右に振れる。
オーケストラの指揮者のように、華麗に、優美に。
舞い散る灰を支配する、絶対者のように。
視界は遮れ、満足に身動きがとれない。
弐号も真横にいる。
といっても、気配でなんとなくわかる程度だ。
「――我の命に従え、亡者達よ」
と、その猛々しい灰の嵐は収束する。
塵芥の灰は、段々と白骨へと形を成していく。
その姿はさっき襲ってきた骸骨そのもの。
意思はない。
ただ無機質な、空洞の目が若葉を捉える。
だが、その空洞の目は1組だけではなかった。
また1組、もう1組と顔が上がっていく。
ざっと数にして、20体。
死してもこの世に形も持った、亡者の群れ。
”外道”とは、こんな事もできるものなのか。
「うーん、やっぱり火葬した奴らが媒体だとこんなもんか」
と、不服そうに唇を尖らせる。
だがそれもつかの間、獲物を狩る目に切り替わる伍号。
「行きな、亡者達! でも、三枝若葉は食うんじゃないよ?」
と、槍の柄を墓標の床に押し当てる。
それを皮切りに、ゆっくりとした足取りで骸骨達が前進し始める。
「ご主人様ッ! 後ろに下がってください!」
いわれなくても、若葉は後ずさっていた。
生まれたばかりの赤子のような足取りで。
本能は駆けて逃げろといっている。
しかし、怖がる心と連動して身体がいう事を聞いてくれない。
「私から離れないでください!」
「ッ!? は、離れるなっていわれてもこれじゃあ!」
前方には、にじり寄る亡者の群れ。
鋭い爪を向けて近寄ってくる。
後方、数メートル先には墓場を囲う壁。
飛び越える事は可能だが、おそらくその隙を与えてくれるかどうか。
大局的に見ても、頭数からしてこちらが不利。
弐号だけで応戦できるわけもない。
しかし、弐号は主を守るべく体内の毒虫をさらす。
「――おいで”むかむか丸”」
弐号の背中が膨れ上がる。
線状の何かが、メイド服の中で暴れている。
挙句、背中が破れた拍子に真紅のムカデが姿を現した。
無数の手足と、蠢く巨体。
月光を照り返す粘液を垂らすムカデ。
頭部の触覚をすぼめて、勢いをつけて開く。
その先から発射される、深緑の体液。
どろり、と骸骨の顔や胴体に付着していく。
「………………」
当然、無反応の骸骨達。
だが、体液を多く受けた先陣の膝を折れる。
先陣ばかりではない。
頭部、腕、首、鎖骨、股関、足、背骨。
後に続く亡者も、酸性の体液により溶かされていく。
「はは! そうでなきゃね、やりがいってのがないよ! ねぇ”毒虫婦”!?」
読了ありがとうございます。
簡潔に。
コミカルに。
引き続き、それらをモットーにやっていこうと思います。
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