4日目/新しい生活①
●三枝屋敷/寝室(朝)
カーテン越しに浴びる朝日。
三枝若葉は、自然と目が覚める。
むくりと、すぐに身体を起こし、背筋を大きく伸ばす。
この屋敷に暮らし始めて4日目。
少しずつではあるが、屋敷の空気もかび臭いシーツにも慣れてきた。
かつて寒気が止まらなかった洋装も、昼間では何も感じない。
怪奇現象だと思っていたモノの存在が、はっきりしたのだから。
深夜には内心、怖がりながらトイレに行く事もあるがご愛敬だ。
若葉、そそくさと着替えているとノックの音が3回。
おそらく壱号だろう。
どうぞ、と促す若葉。
「失礼します。ご主人様、おはようございます」
「おはよう、壱号さん」
初めは家政婦という立場に驚いた若葉。
しかし、慣れとは怖いモノで今では自然に彼女と振る舞える。
この屋敷の管理をする使用人、壱号。
自らを魔工学を駆使して創られたサイボーグだと自称する女性だ。
ここ数日、彼女に世話をされてよくわかった。
申告通り、彼女は人外のそれである、と。
どこの誰が、指から火を噴かしたり。
一足飛びで屋根裏に隠れたりできるのか。
どれも人間にできない芸当ばかりだった。
経験のない、家政婦との共同生活。
慣れない事ばかりではあるが、慣れるしかないのだろうか。
――まさしく前途多難だなぁ。
と、思っている最中。
壱号は甲斐甲斐しく、朝のコーヒーを淹れてくれる。
これは若葉が日課にと、お願いした事だった。
昨日の朝、起き抜けに着替えを手伝うといってきた壱号。
当然、断る若葉だったが、壱号も断固として引き下がらない。
そこで譲歩案として、この頼み事だ。
まだ日も経っていない日課だが、その淹れる姿は様になっている。
「そうだ。午前中のうちに買い出ししてくるんだけど、何かいる?」
「買い出しなど恐れ多い。ご命令下されば私が向かいます」
「あー、なら一緒に行く?」
それが気まぐれな失言だったと、後悔する事となる。
●商店街/生鮮スーパー
「――ねぇ壱号さん」
「はい、ご主人様」
「なんで、買い物の時もメイド服なんですか?」
「この服装は私達の一張羅であり、普段着です。何か問題でも?」
「あ、いや……その……」
問題がありすぎて困っているとはいえない若葉。
正直、周囲の目が痛すぎて、困っている。
「ねぇなにあのカップル? 女の人にメイド服着させてるわよ?」
「うぉーメイドさんじゃん。しかも中々にクラシックなヤツだ」
「あれが彼氏の趣味って事……てか、あの男の子、幽霊屋敷に引っ越してきた子じゃない?」
彼ら住民からしたら、若葉は余所者。
しかも、地域で有名な幽霊屋敷の主ときたものだ。
その話題の男が、メイド服を着せた女性と歩いている。
恋人としてならその美貌は申し分ないが、若葉と壱号は違う。
それはもう見た目通り。
私服姿の学生と、シックにまとめたメイド服の女性。
だが、実際には主人と侍女の関係となっている。
こんなアベコベな関係を、誰が想像できようか。
「……うわぁ……恥ずかしいー……」
と、小さな弱音を吐く。
誘った自分がいうのもなんだが、早く買って帰ろう。
そこでふと、疑問が浮かぶ。
「そういえば壱号さん達は今までどうやって食べてきたの? お金は?」
野菜の鮮度を確かめている、壱号。
玉ねぎを回す手つきはどうにも、主婦だった。
「弐号の体内で飼っている虫をペースト状にすりつぶした、おかゆのようなモノを食べていました。先代様の資産には全く手をつけてはいけないと思い……」
「は?」
と、素っ頓狂な声が出た。
「何か変な事を口にしましたか?」
「変な事も何も……今、弐号さんの、その、体内で飼ってる虫を食べてたって……」
「はい、弐号は毒虫婦です。毒を持って毒を制す。彼女はくノ一でもあり、蟲毒呪術の継承者でもありますから」
と、説明してくれる壱号。
「彼女の飼育する食用虫には、エネルギーや栄養素が豊富に含まれているんです。そもそも私は半分機械のため食事は――」
ああ、と若葉は心の中で呟く。
――どうしてだろう。
どうして壱号や弐号も、昆虫のスプラッタに免疫がある女性ばかり集まるのだろうか。
摩訶不思議に思い耽る、若葉であった。
読了ありがとうございました。
断りとして、一言。
この作品は、『家政婦=メイド』として表現しています。
ご容赦ください(笑)
もし字面の表現の仕方や、
無理やりなギャグテイストに思う所がありましたら、
ブックマークや評価よろしくお願いします。
生暖かく投稿していきたいと思います。