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Cafe Shelly

Cafe Shelly 私の彼

作者: 日向ひなた

 あ、メールだ。私はワクワクしながらスマホを見る。

 メールを送ってきたのは彼。最近知り合ったばかりで、頼れる人。だって十歳も年上だし。しかも社長なんだから。なんでも甘えていいよっていう言葉に、私はすっかり頼りきっている。

 私は彼のことをユウ君と呼んでいる。彼は私のことをみさきって呼んでくれる。私の中では自慢の彼氏。なんだけど、ちょっと問題がある。まず、なかなか逢ってくれない。というか、まだ一度も逢ったことがない。

 実はここだけの話、彼とは出会い系サイトで知り合った。元彼にフラレて、なんだかやるせない日々を過ごしていた時。ふと目についた出会い系サイトの広告。きまぐれに登録して、メル友募集をかけてみた。そしたらメールがくるわくるわ。最初は私のことを相手してくれて嬉しかったけれど。でも、どれもエッチ目的ばかりで。すぐに会おうとか、いやらしい言葉をかけてきたりとか。

 そんな中、ユウ君だけは違った。聞けば、奥さんを亡くして三年経って。心の中が寂しくなってメールをしたんだって。まずはそこにキュンってきちゃった。

 とにかくユウ君は優しい人で。私の方から逢いたくなっちゃって。そんな気持ちになったのは初めて。

 ひょっとしたら彼は実在しない人なんじゃないか。そう疑ったこともあった。よく、そういう人のふりをして実はぜんぜん違うキモオタだったり、なんていうのはよく聞く話。

 けれどユウ君はちゃんと写真も送ってくれた。私はその裏を取るためにインターネットでその会社のことも調べた。小さい会社だけど、ちゃんと実在したし。ユウ君のブログも見つけたけど、メールと内容は一致していたし。

 でも、どうしても今は忙しくて。逢うのは夏まで待って欲しいと言われて、私は素直にその言葉を信じて待っている。そしていよいよその夏がやってきた。

「みさき、最近なんか調子良くない?フラれた時はすっごいどん底だったけど」

 会社の同僚の優美から突然そんなふうに言われた。彼のこと、話そうかどうか悩んじゃった。だって出会いが出会い系でしょ。あまり自慢できる出会いじゃないから。でも優美はよく私のことを心配してくれるし。だから思い切って話すことにしちゃった。

「あのね…実は年上のカレシ、できちゃった」

「うそーっ! なんでそれ、早く言わないのよ」

「うーん、だってね…」

 事のいきさつを優美に説明。

「えー、まだ会ったことないの? ホントに大丈夫なの、その人?」

「うん、いつも私に優しい言葉をかけてくれるし。でもね、この前初めてケンカしちゃった。私が休みの日にあまりにもしつこくメール送るから。そしたらこっちの仕事のことも考えて欲しいって」

「そりゃそうよ。だってあっちは社長でしょ。みさきみたいに暇なOLじゃないんだから」

「うーん、そうなんだけど。ちょっと言い方が突き放されたみたいで嫌だったから」

「で、どうしたのよ?」

「うん、ちゃんと謝った。そしたらユウ君も言い過ぎた、ごめんなさいって言ってくれた」

「みさき、のろけてる〜。でも、優しい彼だね。あー、やっぱり年上の方がいいのかな。私のところなんて二つ下でしょ。いつも頼られてばっかで、たまには甘えさせてよって感じだわ」

 優美はそうやって愚痴るけど、でも実際にはかなりのろけてるんだから。でも、これで私も優美と対等に話ができるようになったかな。あとはユウ君と実際に逢わなきゃ。今夜、そのことをメールしてみよう。

 家に帰り着くと、早速メール。今日、優美にユウ君のことを話したって報告。すると、ユウ君、ちょっと照れた返事が帰ってきた。なんだか恥ずかしいんだって。そしていよいよ本題。

「ねぇ、そろそろ逢えないかな?」

 送信。いつもはすぐに返事をくれるのに。これについてはすごく時間がかかった。忙しくて返事できないときには、前もってちゃんと教えてくれるユウ君。今夜はゆっくりメールできるよって言ってくれていたからそんなことはない。やっぱり悩んでいるのかな? しばらくしてからやっと返事が来た。

「わかった、時間をつくるよ。でもひとつ約束があるんだけど。立場上の問題もあるから、友だちとかには紹介しないでほしい」

 立場上って、やっぱり社長だし、奥さんを亡くしたとはいえ若い女性と付き合っているなんてことがバレたくないんだろうな。それに、出会いが出会い系だし。

「うん、わかった。約束する」

 安心したのか、そこから合う場所と日時をメールしてきた。今度の土曜日の午後、場所は港公園。街中じゃないのは人目を避けるためだろうな。港公園だったら、あそこから遊歩道があるからゆっくり散歩できるかな。暑い日だけど、あの遊歩道は松林の中にあってわりと涼しいし。どんなデートになるかなぁ。ちょっとワクワク。

 このことを優美に話したいけれど、これはユウ君との約束。デートの後で、逢ったことだけは話してもいいよね。念のため、それもユウ君に確認してみた。

「そのくらいならいいかな」

 よかった。やっぱり私のユウ君だ。

 翌日、優美に話したくて仕方なかった。けれどここはユウ君との約束。

「みさき、なんか今日は一段とウキウキしてるけど。彼氏と何かいいことあったの?」

 優美は私の態度を見てそんなことを言ってくる。私、そんなに顔に出てるかなぁ。そこはなんとかごまかしつつ、土曜日を待つ。

 そしていよいよデートの日。港公園には車でないと行けない。待ち合わせは公園の駐車場そばにある東屋のベンチ。ユウ君は時間には厳しい人だから、ちょっと早めに行かないと。そう思って着いたのが三十分前。さすがに早すぎたな。しばらくは車の中で待機。けれど、なんだか落ち着かなくて。

 結局十五分前には車を降りて、待ち合わせ場所の東屋へ向かう。ここは日陰になっているのと、海からの風が気持よくて、意外に涼しい。他にも赤ちゃんを連れた親子連れと、散歩中のおじさんが座っている。私は腰を下ろしてユウ君にメール。

「今つきました」

 さすがにすぐには返事がない。まだ運転中なんだろうな。

 五分前、ちょっとそわそわ。頻繁に時計を見てはメールをチェックする。けれどまだ返事もないし、それらしい車も近づいてこない。木陰の風が気持ちよくて、なんだかちょっと眠たくなってきたな。そういえば昨日の夜は興奮しちゃって、なかなか寝付けなかったし。ちょっとうとうとしかけたその時。

「だーれだ」

 いきなり目隠しをされる。

 えっ、何っ? ちょっと寝ぼけていたから、一瞬何が起きたのかわからなかった。けれどすぐにわかった。

「ユウ君!」

「正解!」

 目隠しを解かれ、後ろを振り向く。するとそこにはサマージャケットを着たダンディな男性が立っていた。ユウ君だ。

「みさき、待たせちゃったかな?」

「ううん、大丈夫」

 ユウ君は私の横に座って笑顔でそう言ってくれる。

 優しそうな人。写真よりも実物のほうが断然いいな。そこからは夢の様な時間が過ぎていった。

 ベンチで少し話した後、松林の公園を散歩する。最初はお互いに照れていたけれど、公園の中ほどでユウ君からさりげなく手を出してきた。私はちょっととまどいながらも、ユウ君の手を握る。

 あたたかい。もう、この手は離したくない。

 さらに進んでいくと、今度はユウ君がキョロキョロし始めた。どうしたのかな? するとユウ君、立ち止まって私の目の前に位置する。

「みさき、会いたかった」

 そう言っていきなりユウ君、私を抱きしめてきた。私は無言でユウ君をギュッと抱きしめる。お互いにその力が強くなる。そして見つめ合い、自然に顔と顔が近づく。

 私は目をつぶる。まもなく、唇に柔らかい感触が。

 会ってそんなに時間が経っていないのに。もうこんなふうになってしまうなんて。けれど、それは私が望んでいたことでもある。

 その後はよく覚えていない。頭が舞い上がってしまって。気がつけばもう夕方。最初に座っていた東屋のベンチに腰掛け、そこでユウ君の肩にもたれて海を眺める。この時間が永遠に続けばいいのに。しかしユウ君は夜に会合があるから、もう帰らないといけないとのこと。ここで別れることに。

「みさき、またメールするね」

「うん、待ってる」

 そうして夢の時間は終わった。私はしばらく海を眺めてぼーっとしていた。ふと我に返ると、もう日が沈みかけている。私もそろそろ帰らなきゃ。

 さて、晩御飯をどこかで食べないとな。どうせなら優美を誘ってみるか。そう思って電話。

「みさき、どうしたの?」

「うん、晩御飯でも一緒にどうかなって思って。実はね、今日彼とデートだったんだ」

「うそーっ! ね、詳しく話し聞かせてくれるんでしょ。だったら晩御飯付き合うよ」

 結局居酒屋に行くことに決定。優美には今日あったことを話した。もちろん、ユウ君とキスしちゃったことも。

「へぇ、こりゃお互いに本気だね。でも、ユウ君ってまだまだ奥手かもね」

「えーっ、どうして?」

「だって、出会い系で出会った人なんてすぐにエッチしたがるじゃない。そんな話は出てないの?」

「ユウ君とはまだそんな話してないなー。そりゃ、彼も男だからそれを望んでないわけじゃないだろうけど…」

「ユウ君って真面目な人だね」

 優美に言われて気づいた。男女の仲なんだから、エッチだってありえるよね。今まで考えてなかったな。でも、ユウ君は私のことをどこまで考えてくれているんだろう。結婚…いや、まだそれは早すぎるよね。ここで結婚出来れば、私は社長夫人として玉の輿に乗れるんだろうけれど。今はまだそんなこと考えられない。ただ、優しい人と一緒に入られるだけで幸せ。

「ちょっとトイレ行ってくる」

 トイレに立つけれどすこしフラフラする。ちょっと飲み過ぎちゃったかな。

「みさき、大丈夫?」

「大丈夫、だいじょうぶ」

 言いながらも壁に手を添えながら歩いて行く。トイレにいくと先客がいる。ふぅっとため息をついてドアの前で待つ。ドアが開いた。その瞬間、私の意識が遠のいた。

バタン!

「大丈夫ですか?」

 かすかにそんな声が聞こえた気がした。が、私の意識はそこから途切れた。

 次に気づいたのは女性に抱きかかえられているところ。えっ、私どうしちゃったの?

「大丈夫ですか? よかった、気づいたみたい」

 周りは店員さんや数名のお客さんがいる。

「えっ…」

 そう思って身体を起こす。

「私、どうして…」

「私がトイレから出てきた所で倒れたんですよ」

 私を抱きかかえている女性がそう言う。

「あ、ごめんなさい。もう大丈夫です」

 言いながらもまだ頭がくらくらする。飲み過ぎたのかな?

「お水持ってきてもらえますか?」

 私を介抱してくれた女性が店員さんにそう言う。

「ありがとうございます。もう大丈夫です」

「ホントに大丈夫ですか?」

「えぇ、たぶん。私、どのくらい倒れていました?」

「一分も経っていないと思いますけど。でもよかった、どうなるかと思っちゃいましたよ」

「ごめんなさい、ご迷惑をお掛けしました」

「いえ、大丈夫ですよ。あの…余計なお世話かもしれないんですけど」

「はい?」

「今、悩み事か心配事って持っていませんか?」

「えっ?」

 その女性、あらためて見るとキレイな人。私のことを心配してくれる、それがとても伝わってくる。

「私、セラピストをやっているんですけど。深い悩みを持っている方の表情に似た感じを受けたものですから」

 深い悩み。そんなことはない。私は今ユウ君と幸せの絶頂にいるのだから。

「今は大丈夫ですよ。心配してくださってありがとうございます」

「そうですか…それならいいんだけど…」

 その女性、何か気になるみたい。

「もし何かあったら、ここに連絡してくださいね」

 そう言って女性は名刺を私に差し出した。カラーセラピストのマイさん、か。一瞬、新手の商売勧誘かと思ってしまったけれど。でもこのマイさんからはそんな感じは受けない。本気で私のことを心配してくれている。そんな感じだ。

「ありがとうございます」

「じゃぁ、遠慮なく連絡してくださいね」

 そう言ってマイさんは去っていった。私もあらためてトイレに行きなおし、優美がいる自分の場所へと戻っていく。

「あれ、えらく遅かったじゃない」

「うん、ちょっとね…」

 私はさっき起きたことを優美に話した。

「えーっ、どうりでなんかちょっと騒がしいと思った。あれってみさきだったんだ」

 ったく、優美は私のこと心配なんかしてくれないんだから。さっきのマイさんのほうがよほど私のことを心配してくれていたな。

 優美とも別れて家に帰ると早速ユウ君に今日あったことをメールした。マイさんという、心配してくれる人が現れたことも。そしたらユウ君、こんな返事をくれた。

「そういう人は潜在的な悩みとかを見抜くんじゃないかな。一度相談してみるといいかも」

 そうなのかぁ。あらためてマイさんの名刺を見る。すると、住所の欄に「カフェ・シェリー」と書いてある。名刺の裏を見ると、喫茶店の案内になっている。マイさん、この喫茶店の人なんだ。ふと、この喫茶店に行ってみたくなった。よし、明日早速行ってみるとするかな。

 そして翌日の午後、私は名刺を頼りにこの喫茶店カフェ・シェリーを訪ねてみた。

「へぇ、この通りにあるんだ。知らなかった」

 私が立っている通りは、パステル色のブロックで敷き詰められた道路に、両脇にブロックづくりの花壇がある、ちょっと賑やかなところ。何度か通ったことはあるけれど、この喫茶店には行ったことがない。通りの中ほどに黒板の看板が見える。そこに「Cafe Shelly」と書かれてある。なるほど、ビルの二階にあるから気づかなかったんだ。

 早速階段をあがる。そして木の扉を開く。

カラン、コロン、カラン

 心地良いカウベルの音が鳴り響く。

「いらっしゃいませ」

 同時に聞こえる女性の声。マイさんの声だ。

「こんにちは」

「あ、昨日の。いらっしゃったんですね」

「えぇ、名刺を見たら喫茶店って書いていたから。久しぶりに本格的なコーヒーを飲みたいなって思って」

「どうぞどうぞ。窓側の席がいいかな」

 通されたのは窓側にある半円型のテーブルの席。ここには四つ席があって、一つ飛ばして女性連れの二人が座っている。お店はそんなに大きくない。カウンターに四席、そしてお店の真ん中に三人がけの丸テーブル席。今はお客さんがほどほどに入っているって感じ。カウンターを見ると、このお店のマスターだろうか、コーヒーを淹れている姿が見える。

「昨日はあれから大丈夫でしたか?」

 マイさんがお冷を持ってきて私にそう言ってくる。

「はい、昨日はご迷惑をお掛けしました」

「よかった、ちょっと心配してたの。私の取り越し苦労ならいいんだけど、なんだかちょっと不安になっちゃって。深い悩みがあるんじゃないかなって」

「それなんですけど。彼にもそのことを言ったら、一度相談してみたらって言われて。私自身、そんなに思い悩んでいることはないんですけど」

 私はあらためて自分の悩みを振り返ってみた。

「まずはゆっくりしていってくださいね。おすすめはオリジナルのシェリー・ブレンドです。このコーヒー、魔法のコーヒーなんですよ」

「魔法?」

「それは飲んでのお楽しみ♪」

 マイさんはにこりと笑ってそう言う。ちょっと期待しちゃおうかな。

 しばらくは窓から外の景色を眺める。そういえばユウ君、今日はなかなかメールしてこないな。よく考えたら、ユウ君のメールって私が一人になっている時を見計らって送ってくることがほとんどだ。まるで私のことを見ているみたいに。まぁ仕事が忙しいんだろうけれど。でも、どうしていつもぴったりのタイミングでメールしてくるんだろう。不思議だな。

 私はこの前のデートのことも思い出した。いや、思い出そうとしていた。が、公園の松林を散歩して、ユウ君にキスされたところまでは覚えているのだが。その他のことをあまり覚えていない。気がついたら時間になっていた。そんな感じだ。せっかくのデートなのに、どうして覚えていないんだろう。そんなことを考えていたら、マイさんがコーヒーを運んできてくれた。

「はい、シェリー・ブレンドです。飲んだらぜひ感想を聞かせてくださいね」

 感想を聞かせてくれ、なんて珍しいな。私は早速そのコーヒ、シェリー・ブレンドを口にしてみる。

 うぅん、なんか久々の本格的なコーヒーって感じ。いい香りがする。口に含むと、コーヒー独特の苦味、そして酸味、さらに何か別の味が感じられる。あれ、この味ってなんだろう? それを確かめるためにもう一度コーヒーを口にしてみる。私が最初に感じた別の味、それをよく観察してみる。

 それは甘さのような感覚。けれど砂糖のような甘みではない。甘ったるい、ベタベタした感じ。恋人の甘い会話。その表現がピッタリ。そう、まるで私とユウ君のメールのような、そんな雰囲気。

「どんな味がしましたか?」

 マイさんの言葉でハッとさせられた。

「あ、とても美味しかったです。このコーヒーって甘みがするんですね」

「甘みを感じたんですね。どんな甘みでしたか?」

「うーん、砂糖のような甘みじゃなく、なんて言うんだろう。まるで恋人同士が交わす甘い会話、みたいな。でもそれって味とは違いますね」

「あはっ、っていうことは…あ、そういえばまだ名前を聞いてなかったですね」

「あ、私はみさき、時任みさきっていいます」

「みさきさん、ですね。今のでみさきさんが欲しがっているものがわかりましたよ」

「えっ!?」

「みさきさん、恋人と甘い会話を交わす時間、それがほしいんでしょ」

「えーっ、どうしてそれがわかるんですか?」

「ふふふ、実はね、このシェリー・ブレンドは飲んだ人が望んでいるものの味がするんです。人によっては望むものの映像が浮かんでくる人もいるんですよ」

 私は映像までは浮かばなかったけれど、まさに言われた通り恋人、今はユウ君との甘い会話を望んでいる。でも、本当にそんなことがあるなんて。まさに魔法のコーヒーだな。

「みさきさんは今恋人が欲しいのかな?」

「うぅん、実は…」

 私はマイさんを信頼して、ユウ君のことを話してみた。元カレにフラレて落ち込んで、やけになって出会い系サイトに投稿した時に出会ったのがユウ君。何度もメールをして、やっとデートをすることができた。けれど、そのデートの時のことをあまり覚えていない。さらに、ユウ君は私が一人になった時を見計らったかのようにメールをしてくる。そこが謎であることも伝えた。

「なるほど、ちょっと不思議ですね」

「そうなんですよ。ユウ君そのものにはそんなに不満はないんです。それどころか、本当に私でいいんだろうかって思っちゃうくらい。だってあっちは社長なんだし…」

「そのあたりの不安が潜在的にあるのかもしれませんね。じゃぁ、今夜カラーセラピーを受けてみますか?」

「はい、できればよろしくお願いします」

「では7時くらいにまたお店にいらしていただけますか?」

 こうして今夜マイさんのカラーセラピーを受けることになった。それまでは時間があるから、一度お店をでてしばらく街をぶらぶらすることにした。お店を出てしばらくすると、ユウ君からメールが届いた。

「みさき、今日は何しているのかな?」

 また驚くくらいのタイミングで私にメールを送るユウ君。しばらくベンチに腰掛けてユウ君とメールをすることに。カフェ・シェリーで魔法のコーヒーを飲んだこと。今夜、マイさんのカラーセラピーを受けることなどを伝えた。

 けれど、シェリー・ブレンドを飲んで見えてきた私の潜在的な不安についてはあえてユウ君にはふせておいた。ユウ君に心配をかけたくないからな。

「じゃぁ、セラピーが終わったらまたメールしようね」

 ユウ君はそう言ってくれる。なんて優しい人。私にはもったいないくらいだな。

「愛しているよ、みさき」

 こうやって堂々と愛を囁いてくれるのはとてもうれしい。男性ってそういうのはなかなかしてくれないからなぁ。

 このとき、事件が起こった。私の中では最大の衝撃、と言っていい。

 ユウ君とメールをやり終わった直後にふと目を人混みに移す。するとそこに見えたのは…

「ユウ…くん?」

 目の前をユウ君が歩いている。服装はチノパンにポロシャツというラフな格好。それだけならまだいい。なんと、その横には女性が。とてもきれいな人。年齢は私よりはるかに上、ユウ君にはぴったりという感じ。その二人が笑いながら歩いている。

 これ、どういうこと? さっき私に愛してるって言ってくれたはずなのに。私は呆然とその姿を眺めるしかなかった。そして、その姿が見えなくなった時、突然悲しみが私を襲ってきた。

 私、騙されていたの? うそ、あんなにメールで愛し合っていたのに。ユウ君にあんないい人がいたなんて。二股かけられていたんだ。私、遊ばれてたんだ。そう思った瞬間、いてもたってもいられなくなった。真実をここで聞き出そうかとも思った。けれど今メールするのは野暮だ。この感情をどこにぶつければいいの?

 気がつくと日は落ちかけ、時間だけが過ぎていたことに気づいた。そして七時前。私は足取り重くカフェ・シェリーへと向かった。この話ができるのはマイさんしかいない。私は足取り重く、カフェ・シェリーの扉を開いた。

「あ、みさきさん、お待ちしていました」

 マイさんの顔を見た瞬間。私は再び涙があふれてきた。

「どうしたのですか?」

「ま、マイさん、私、私、騙されてた。ユウ君、二股かけてた」

「一体何があったの? よかったら詳しいことを聴かせてもらえますか?」

 丸テーブルの席に私は案内され、そこに腰を落ち着ける。まずはお冷が差し出され、それを飲むように促される。言われるままにお冷を飲む。少し落ち着いた。

「気分はどう?」

「はい、少し落ち着きました」

「よかった。一体何があったのか、話してもらえますか?」

 私は昼にこの店を出てからのことを話し始めた。出てすぐにメールがあったこと。そこで愛しているよって言われたこと。その直後にユウ君を街中で見かけたこと。そして、ユウ君の隣にはきれいな女性がいたこと。

「そうなんだ。それはショックでしたね」

「はい、まさか、愛しているってメールを隣に女性がいながらも送っていたなんて」

「みさきさん、そこがちょっと疑問なんですよね。街中を女性と一緒に歩きながらもみさきさんにメールをしていた。しかも愛を囁くようなメールを。それって可能なのかなって」

「でも、現実にメールはきているんですよ」

 私は自分のスマホを取り出してユウ君からきたメールをマイさんに見せた。

「確かにメールはきていますね。こう言うと失礼かもしれませんが。ひょっとしてメールを出したのは別人っていうことは?」

「それはありません。だって、私はユウ君とこの前デートをしたんですから。海岸の公園に行って、そしてそこで抱きしめられてキスをして…」

「けれど、そのデートのことをあまり覚えていない、でしたよね」

「はい…」

 そこなんだ、問題は。どうしてユウ君とのデートのことをあまり覚えていないんだろう。

「そうだな…マスター」

 マイさんはカウンターに居るこのお店のマスターを呼んできた。マスターは四十代半ばって感じの渋い人。マイさんは小声でマスターに何か話しかけている。マスターはこくりと頷くと、一度カウンターに戻って何かを取りに行った。そして再び戻ってくると、私にこう語りかけてきた。

「みさきさん、でしたね。あらためまして、ここのマスターをやっています」

 低くて渋い、落ち着いた声。

「今、マイからおおよそのことは聞きました。なぜデートのことを覚えていないのか、そこを今から探ってみたいと思います」

 するとマスターは糸に吊るされたコインを取り出した。

「この糸を持ってもらえますか?」

 私は糸を持つ。

「コインをよく見ていてください。今からこのコイン、私が言うように動き始めますよ」

 コインが動く? 不思議に思いながらも私はコインを見つめる。

「コインが前後にゆっくりと動き始めます。だんだん、ゆっくりと前後に…ほうら」

 マスターは言葉と同じようにコインのそばで指を前後に振る。すると…

「えっ、うそっ!」

 だんだんとコインが前後に動き出す。しかもマスターの指の動きと同じように。

「だんだん大きく動き出しますよ」

 マスターの言葉通り、コインはだんだんと大きく振れだす。

「次にこのコインが横に動きます」

 マスターは指の動きを横に変化させた。すると今度はその指の動き通りにコインが振れだす。しかもその動きはだんだんと大きくなる。

「さらにこのコインが円を描き始めますよ」

 マスターは円を描くように指を動かすと、コインもその動きについてくる。

「えーっ、どうして?」

 そう言いながらもマスターの言うとおりにコインが動く。

「はい、今度はコインは動きを止めまーす」

 するとさっきまで大きく円を描いていたコインはぴたりと動きを止めた。

「じゃぁ今度は身体をリラックスさせましょう。肩の力を抜いて…大きく深呼吸して…」

 マスターの口調がだんだんゆっくりになる。それに合わせて私はゆっくりとした呼吸になる。

「体の力がだんだん抜けてきます。肩の力…腕の力…お腹の力…腰の力…脚の力…」

 マスターの言葉に従って意識をその部所に向ける。すると、言われたとおりにどんどんと力が抜けていく。

「ほら、もう身体に力が入らない。力が入らないので、もうあなたは立つことができません。この椅子から立つことができなくなりました」

 えっ、立つことができないって? そう思った時にマスターがこんな指示を。

「じゃぁ、椅子から立ってみましょうか」

 言われた通り立とうとした…けれど立つことができない。えっ、どういうこと?

 焦る私にマスターは次にこんな指示を。

「では三つ数えると立つことができるようになります。一、二、三」

パンッ

 三つ目にマスターが手で大きな音をたてた。すると今度は身体に力が入ってすっと立つことができた。

「えっ、私どうして…」

「みさきさん、実は今のが催眠術です。今からこの催眠術を使って、みさきさんの失われた記憶を引き出していきますね」

 催眠術なんて初めてかかった。でも、これで私が不思議に思っていることが解決できるのなら。私はマスターに身を委ねることにした。

「では目を閉じてください。またリラックスして。今から数を数えます。十、九…ほら、体の力が抜けていく…」

 こうして私は徐々に催眠の世界に入っていく。マスターの言葉はとても心地よく私の心に染み入ってくる。それと同時に頭のなかがぼやーっとしてくる。

 意識はある。けれど、まるで遠くの方にそれがあって。でもそれが心地よくて。マスターは何度か私を目覚めさせては催眠状態を確認するように指示をする。私はその指示に従わなければいけないという気持があって。そのうち、こんな指示が飛び出してきた。

「では彼とデートした時を思い出してみましょう。あなたは最初にどこにいましたか?」

 私はユウ君との初デートの時を思い浮かべていた。

「私は…私は港公園の駐車場…そこの東屋のベンチに腰掛けています」

 目の前に浮かんだ光景を口にする。その言葉が耳に入っているんだけれど、目の前はユウ君とデートした時の光景が広がっている。

「そのとき、誰が来ましたか?」

 誰が来たのか…もちろんユウ君。そのはずなんだけど、私が見ている映像には誰も浮かんでこない。

「だれも…だれも来ていません」

 私の思いとは逆に、口はそういうことを言葉にする。

 違う、そうじゃない。ユウ君がいる。けれど、私のその意識はぼんやりしたままで言葉にはならない。私ではない、もう一人の自分がしゃべっている。そんな感覚だ。

 この感覚、どこかで味わったことがある。そうだ、夢、夢を見ているんだ、私。夢の中の自分が好き勝手に振舞っている。私はそれをただ眺めているだけ。そう、きっと夢なのよ、これは。だってユウ君がいないなんてことはない。私はちゃんとユウ君とデートしたんだから。

 そう思いつつも、その思いはすぐにどこかに消えてしまう。逆に、夢のなかの私は一人ぼっちで公園のベンチに座って…そして居眠りをしている。

 それからのことを何か言葉にした気がする。けれどはっきり覚えていない。だってこれは夢だから。

 その後、夢はおかしな光景を私に見せた。でもこれがはっきりと思い出せない。私が何かをしている光景なのだけれど。そう思っていると、再びマスターの声が私に響いてきた。

「では十数えます。するとあなたはだんだんと目が覚めて、はっきりとした意識を取り戻します。一つ、二つ、ほら、だんだんと意識がはっきりしてきた…」

 私の意識はだんだんとはっきりしてくる。そして…

「九、十!」

パァン

 今までの中で一番激しい手拍子が鳴った。その音と同時に、私は完全に目を覚ました。

「みさきさん、気分はいかがですか?」

「えぇ、なんだかとてもスッキリした感じがします。今までなんだか夢を見ていたみたいで…」

 私のその言葉に、マスターは突然神妙な顔をした。

「どうしたんですか?」

 私の言葉にマスターはちょっと重たそうに口を開き始めた。

「実はみさきさんの彼氏のことなんですけど。ユウ君、と言いましたよね」

「えぇ、ユウ君がどうしました?」

「みさきさん、非常に言いにくいことなのですが…そのユウ君、実は…」

 実はって、ユウ君がどうしたのか。次のマスターの言葉がとても気になる。マスターは一呼吸置いて、再び私に話し始める。

「みさきさんはユウ君とはデートをしていません。それどころか、本当はメールすらしていないことがわかりました」

「えっ、どういうこと? 私、ちゃんとユウ君とデートしましたし。それにメールだってほら、ちゃんと」

 私は急いでスマホを取り出し、ユウ君とのメールのやり取りをマスターとマイさんに見せた。確かに私は間違いなくユウ君とメールをしている。

「みさきさん、あなたはもう一台携帯電話をお持ちですよね?」

「もう一台?」

 うそっ、私は携帯を二台も持っていない。そんなはずはない。いや、もしかしたら…

 私はあわてて自分のバッグを探ってみる。すると…

「これ、スマホに変える前の私の…」

 取り出したのはガラケー。昔使っていたものだ。でもこれ、解約したと思っていたけれど。

「今のスマホ、ひょっとしたら新規に購入しませんでしたか?」

「思い出しました。あのとき、機種変よりも新規の方が安く買えるから、前の機種は基本料だけにしたんだ。計算したらその方が維持費も安くすむってわかったから。しばらくは前の携帯にもかかってきたりメールもきてたから、全部新しい方にうつったら解約しようと思っていたんだ」

 その存在すら忘れていた携帯電話。でもこれがユウ君とどういう関係があるのだろうか?

「失礼ですが、その携帯電話からの送信記録を見てもらえますか?」

「送信記録?」

 マスターに言われる通り、前の携帯の送信記録を確認する。すると私の目に信じられないものが。

「うそっ、な、なんで…」

 そこにあったのは、私が受け取ったユウ君からのメールとまったく同じ文面。それがずらりと並んでいる。

「みさきさん、今からちょっとショッキングなことをお話します。実は…ユウ君はみさきさんだったんです」

 私がユウ君って、どういうこと? 唖然としている私に、マスターは言葉を続けた。

「みさきさんはユウ君になりきって、みさきさんにメールを送っていた。そのメールを読んでまたユウ君になりきったみさきさんにメールを送っていた。それを無意識に繰り返していたのです」

「無意識ってどういうこと?」

「これは専門医の診断が必要ですが。おそらくみさきさんは解離性障害ではないかと。これは一時期の記憶がなかったりして、その間別人格が日常を引き起こすというような症状です」

「じゃぁ、私の中のもう一人の私がユウ君になりきって私にメールをしていたってこと?」

「はい、おそらく。催眠をかけた時にもう一人のみさきさん、いやユウ君が出てきました。そして事の全てを話してくれました」

 それで全てが納得できた。人といるときにユウ君からメールが来ない理由。私は一人でいるときに私の中にいるユウ君が目を覚まして、そして私にこのガラケーでメールを私に送っていた、ということなんだ。でも、まだ謎はある。

「じゃぁ、ユウ君とデートをしたっていうのは?」

「みさきさんはその時の記憶があまりない、ということでしたよね。実はそのとき、みさきさんは一度ベンチでうたた寝をしていました。そのときにユウ君の人格が目覚めて。そして夢のなかにいるみさきさんを連れて公園を散歩したのです。おそらく夢遊病のような状態だったと思われます」

 まさか、あのデートが…。

「でも、どうして私こうなっちゃったの? 私、どこか悪いの?」

「これも専門医の判断をきちんと仰がないといけません。あくまでも私の推測ですが」

 私は黙ってマスターの言葉を待つことにした。

「みさきさん、前に彼氏にフラれたっておっしゃっていましたよね」

「はい」

「その時に自分でも気づかないほどの大きなショックを受けていたのだと思います。その時に心のなかに働いた妄想。これがみさきさんの中にもう一人のみさきさん、いやユウ君を生み出したのではないかと。最初は妄想だけだったのが、次第に現実になればいいという思いに代わり。その現実を心のなかでつくりだした結果が今だと思われます」

 そんなこと、あるんだ。

「じゃぁ、私どうすればいいの?」

「少し待っていてください」

 マスターはここでカウンターに移動し、コーヒーを淹れる作業を始めた。ほどなくしてマスターは一杯のコーヒーを私に差し出した。

「みさきさん、シェリー・ブレンドです。今は何も考えずに、このコーヒーを飲んでみてください」

 何も考えずにと言われても。今、私の頭のなかはパニック状態にある。冷静に物事を考えられない。それどころか恐ろしささえある。私は私が気づかない間に、もう一人の人格であるユウ君が目覚めて、そして私とメールをしていただなんて。そんな私にシェリー・ブレンドを飲め、というのはどういう意味があるのだろうか?

 しばらく沈黙の状態が続く。時計のカチ、カチという音だけがお店の中に響く。ただ、こうしていても何も起こらないのは事実。私は何かに惹かれるようにゆっくりとコーヒーカップに手を伸ばす。

 カップの取っ手にまで熱さが伝わる。その熱くなっているコーヒーを口に運ぶ。口に近づけると、ふわっとした香りが私を包み込む。その瞬間、何かがとろけるような感覚を覚えた。と同時に、私の奥にある何かが目覚めようとしているのがわかった。

 なに、これ? そう疑問に思いつつも、私はコーヒーを口に含む。その瞬間、ある想いが心の奥底から沸き上がってきた。そしてその想いは私の目の前に姿を表した。

「ユウ…くん?」

 私の前に姿を表したのはユウ君。そのユウ君が私に語りかけてくる。

「みさき、今までありがとう。けれどもうボクは必要ないみたいだね。今まで君のことをずっと見てきたよ。そしてこれからも。けれど、こうやって話ができるのはこれで最後だから。みさき、強く、強く生きるんだよ」

 そう言って、ユウ君は姿を消してしまった。

「待って、ユウ君」

 そう言いたかった。けれど言えなかった。

 私、これからユウ君なしで生きていくんだ。強くなっていかなきゃいけないんだ。それが私の心のなかにいたユウ君の願いなのだから。と同時に、これは私の願いでもあるのか。そうか、シェリー・ブレンドが見せたかったのはこれだったんだ。

「みさきさん、何か見えましたか?」

 マスターの声に私は深い眠りから目を覚ました気がした。

「はい、見えました。そしてわかりました。私、もっと強く生きていかないといけないんです。今までユウ君に頼りすぎていました。けれど、もうユウ君はいません。これからはもっと強い人間になります」

「みさきさん、とてもいい眼をしていますよ。おそらく今ユウ君が現れたのではないですか?」

「はい、はっきりと見えました。でも、どうして?」

「催眠術とは、潜在意識に直接働きかけるものです。

 それをおこなったせいで、みさきさんの潜在意識への扉が一時的に解放されたんだと。そしてみさきさんに現れたユウ君。それこそが実はみさきさんの潜在意識そのものだったのです」

「ユウ君が私の潜在意識?」

「はい、みさきさんが奥底に持っていた深い願望がユウ君という形をとって現れていた。そう考えられます。けれど、そのユウ君がみさきさんにもう一つの強い願望を与えてくれました。それが強く生きる、という言葉だったんですね」

 そうか、そうだったのか。それが私が今やるべきことなんだ。それをあらためて自覚した。

「マスター、ありがとうございます。それにしてもこのシェリー・ブレンドって不思議なコーヒーですね。私の奥底にある願望をこうやって引き出してくれたんですから」

「はい、このコーヒーは人間が持っている、眠っていた願望や希望を呼び起こしてくれる。そんなコーヒーなんですよ」

「ホント、不思議だな。けれどおかげで目覚めました。私、今まで人に頼ってばかりでした。仕事も、私生活も、そして恋愛も。まずはそれを改善していかなきゃ」

「みさきさんがそう思うのであれば、それは必ず叶いますよ」

 こうして私の不思議な恋愛体験は終わりを告げた。

 それから数日後、私は今まで見ていたユウ君のブログを何気なく眺めていた。すると、そこには「再婚しました」の報告が。お相手はあのとき私が街中で見たきれいな女性。

 もし、カフェ・シェリーで私の恋愛の謎を解いてもらっていなければ、このことで悩み苦しんだだろう。けれど、今は「幸せになってね」という気持が湧いてくる。とてもすがすがしい気持ちだ。

 と同時に、これで完全に私の中でつくりだしたユウ君ともお別れできるな、そう感じることができた。

カラン・コロン・カラン

「いらっしゃいませ。あ、みさきさん」

「こんにちは。この前はお世話になりました」

 今日はカフェ・シェリーへと足を運ぶ。特に理由はない。単にコーヒーが飲みたいから。そしてマスターとマイさんの顔が見たいから。

 心の奥では恋愛に対しての未練はある。今度はちゃんとした、優しい男性を見つけなきゃ。

 にしても、今日のカフェ・シェリーはちょっと混んでるな。

「みさきさん、カウンターでいい?」

「はい」

 ふと隣を見ると、ユウ君に面影が似ている男性が座っている。

「こんにちは」

 むこうから声をかけられる。このとき、何かが始まる予感がした。


<私の彼 完>

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