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:)1ああ、なんて空気が美味しいのだろう。

田舎に帰れば、単調な日常から逃れられると思っていた。

電車に揺られて約二時間。そこからタクシーで小一時間。最後に坂道を上って一時間。そうまでして、私は何がしたかったのだろう。いまさら眠たくなるようなぽかぽか陽気で日光浴をしたって、気持ち良さそうに欠伸をする猫に餌をやったって、みしみし言う民家の床を掃除したって、畑仕事でごつごつになった手でまあ大きくなって、いつ帰ってきたのと頭を撫でられたって、何の意味もないというのに。いつもの特急に体を揺すられ押され、汗水流して出勤する毎日が、こうも息苦しくて馬鹿らしいことだったなんて、分かりたくなかった。携帯電話も圏外で、コンビニの一つも近くに存在しないところだけれど、ああ、なんて空気が美味しいのだろう。

足元でじゃりじゃりと石ころが小気味好い音を発する。砂利はじゃりじゃりいうから、砂利という名前なのだろうか、と、変なことを考えた。暫く足元を見つめて歩いて来たけれど、もうそろそろ自分の足先が見えなくなってきている。靴の色は何色だっけ。そうそう、目の覚めるような白だったはず。今日は田舎道を歩くとあって、珍しく運動靴を履いて来たのである。白さえも見えないとなると、そうとう暗いのだろう。そう思って空を振り仰ぐと、久しく忘れていた闇が、頭上に広がっていた。ここは何も遮るものがない。街灯だとか、車のヘッドライトだとか。

私は仕方なくバッグから懐中電灯を取り出した。立ち止まってスイッチを探ると、改めてここが私の想像の域を超えた静かさであることに気づいた。耳の奥でキーンと嫌な音がする。

懐中電灯は、スイッチを数回かちかちと押して、ようやく明かりを灯した。試しに周囲を照らしてみるが、ゆらゆらと震えるような光で頼りない。やばい、もうすぐ寿命か。

とりあえず一歩踏み出してみる。じゃりっ、じゃりっ。さすがに反響するところがないからか、響くというよりは、通るという感じだ。ビルの壁に当たって跳ね返ってくることもなく、ただ私の足音はどこまでも遠く、届いているようだった。

また立ち止まって、耳を澄ましてみる。何も聞こえない。私は何か心細いような気持ちになって、わざとらしく足を引きずって歩いてみる。じゃりっ、がどこかの家の木材に吸い込まれていくのを感じた。

足元に何かが引っかかる。見下ろしみても、当然暗闇が広がっているだけ。私は懐中電灯を足元に向けた。石ころだった。運動靴の爪先で蹴り飛ばしてみると、予期せぬ重さに足にじーんと鈍い痛みが走った。情けないな。今だけは、この暗さに感謝するとしよう。

ああ、歩きにくい。畦道なんてそんな険しい道ではないはずなのに、やけに歩きにくい。足を踏み出すと必ず何かに引っかかるような気がする。それとも私がどんくさいだけか。

溜息を吐くと、もうすぐ夏だと言うのに息が温かく感じられた。考えてみると、何となく腕がひやひやするような気がする。まあ人間とは不便なもので、いったん気にし出すと止まらなくなる。私は堪らずナップザックから白いパーカを取り出した。触るとかさかさ音を出す系統のもので、パーカの出す音が誰かに聞こえやしないかと私はびくびくした。別に聞こえたところで何かあるわけでもないけれど。

パーカをそっと羽織って、私はまた歩き出した。さすがにもう深夜だからか、睡魔がすぐ手前まで迫っているようだった。もう目的地は見えているというのに、近くの石に腰かけて仮眠を摂りたい気分。

眠いのを認めたくなくて、またより一層強く砂利を踏みしめた。じゃりっ。今はそれさえも子守唄だ。じゃりっじゃりっじゃりっ。夢うつつの中で見える景色は、何故か幻想的で、今にも消えてしまいそうな儚さがあって。手を伸ばして、本当にまだ私の目の前にあるのかどうか確かめたくなる。ああ、消えてしまう。私は激しい焦りに襲われる。

ふと、私がこの風景を画用紙に書き写す姿が頭に浮かんだ。真っ暗で手近なものさえも見えないのに、一心に何かを書いている。オーロラのような、雲のような、不可思議で不確定な浮遊物体。遠くを走る車のヘッドライトが、蛍のようにちらちらと、輪郭をぼかして姿を見せる――

そこまで考えて、突如眠気が吹っ飛んだ。

いったい何を考えていたんだろう。特に絵描きなわけでもないのに、どうしてあのようなイメージが浮かんだのだろう。とても鮮明な、夢だろうか。私は眠っていたのだろうか。

気が付くと、懐中電灯が消えていた。不意に恐怖が襲う。本当の闇だ。私は子供のように暗闇に怯えた。嫌、嫌。自分の足が、手が見えない。闇に消えて行く。


失ってしまう。


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