夜の砂漠での逃走劇
「な……?」
驚愕する悪魔を見て、俺は笑った。
残念な事に、俺のポケットには何も入ってなかったわけだが、握ったエルの手に、更に握り込まれてたあのナイフが、俺の意志で伸びたり縮んだりする事に気付いたんだ。
悪魔は自分の話に、夢中になってる。俺はその隙に、それをモニョモニョと伸ばし、硬い砂の柵に突き立ててみた。
そしたらなんと、まるで豆腐でも切るみたいに、すっと貫通していった。
―――これは行ける。
そう思った俺は、ナイフをロングソード程に伸ばし、檻を斬り裂いたのだ。
壊せるだろうとは確信していたが、悪魔にまで剣筋が届くとは、嬉しい誤算だった。
悪魔が驚いて、何か言ってる。
「……なんだ? その鎌…」
―――はあ? かま?
俺は目を細めながら一瞬考え、すぐにその意味にに気付いた。
ロングソードのつもりで伸ばしたつもりが、なんか湾曲した、三日月みたいな形になってた。
ナイフの握りは長く伸び、その先端に、巨大な両刃の三日月が付いた、凶悪な鎌だ。
……ってか、鎌って言ったら、草刈りするアレだろ? こんな巨大じゃ使えねえじゃん。……まあ、この際、あの化物から逃げられりゃ、何でもいいんだけどさ。
悪魔は目を丸めたまま、何故か怒ってきた。
「なんで鎌!? ってか、何で少年がそれを使える!? エルム様が所有者のはずだろ!?」
怒られる義理はないので、俺も逃げる準備をしながら怒鳴り返す。
「エルムって誰だよ!? お前がなんか月がどーの言ったから、変な形になっちまったんだよっ!」
「今言っただろっ! ルナシェルム様だよ!」
「知らねぇよ! 誰が悪魔の話なんぞ聞くか!」
「いや、聞けよ!? せっかく話してやったんだから……って、待てコノヤロウ!」
「わわっ! テト!?」
俺は悪魔の話を、無視してエルの手を引いてまた、夜の砂漠を駆け出した。
悪魔は空から追ってくる。
当然すぐに追い付かれ、エルの爺さんでも出来なかったような魔法を駆使して、足止めしようとしてくる。
「そこの非行少年! 止まりなさい! お前は完全に包囲されている!!」
「っ誰が止まるか!」
俺は鎌を振り、盛り上がった砂壁を切り裂き、ついでに悪魔に鎌を向け、気合を込めて叫んだ。
「伸びろっ!」
さっきは、俺の意志で刃先が触角みたいに伸びたんだ。もしかしたら……と思ったら、やっぱり伸びたっ!
三日月の刃から、細い槍のようなものが3本、悪魔を串刺しにする勢いで伸び上がった。
「!!!」
悪魔は不意を突かれたようで、その動きを一瞬止める。
そして、伸びた一本が、悪魔の片翼の先端を突き砕いた。
―――よっしゃ!
内心ガッツポーズを決めた俺だが、不意に、辺りの気温が下がり、背筋に寒気が走った。
そして、空から、ヒラリと白い物が落ちて来た。
―――雪?
……この昼は灼熱地獄のグリプス砂漠にも、稀に雪が降ることはある。だが、今は夏季。気温の下がる夜といえど、降るはずはない。
「……こ……っんの、クソガキがっ!!」
悪魔の肩が震えだした。
そんで、青黒いオーラを立ち昇らせ、なんかブチ切れたっ!!
っなんで!?
「っ調子に飲んじゃねえっ!! プレスすしてやるわぁ!!」
悪魔の雄叫びと同時に、俺とエルの身体が、突然凍りついた。
……正確には、全く動けねえ位ピッタリ、薄く紫に色付く、妙な氷の中に閉じ込められたんだ。
表情に、影を落としながら、悪魔は氷点下の声で言い放った。
「潰れろ」
俺達の閉じ込められた氷の上に、ひと山はあろうかと言う巨大な氷が出来ていた。
そして、それは悪魔の言葉と共に、無情にも俺達の上に、落ちて来た。
◆
「ふー……。マジふざけんなよ、クソガキが」
片翼の先端の折れた男が、砂漠の上で氷塊を蹴り砕いた。
「マジぶち殺したかったがな、最後の理性で加減してやったぞ。出て来い」
男はそう言いながら、1番下にある筈の、薄紫色の氷塊を見た。
そして、憎々しげに、呟く。
「っあの、クソガキ……」
そこには、きれいに切り裂かれた、美しい紫色の氷の破片が散らばっているだけだった。
男は舌打ちをして、静かに夜の明かりを灯す、グリムポリスの街を睨んだ。
そして低い声で呟いた。
「逃さねえぞ。……絶対にな」