悪魔との遭遇
〈Sideテト〉
蹲るエルの上空に、突然化物が現れた。
背に白骨の翼をはためかせる、細身の、大きな大人位の男だ。
まだ普通の羽なら、天使とでも勘違いしそうだけど、白骨の翼じゃ、明らかにそんな良いモンでは無いよな。……そう、まるで悪魔だ。
―――そう言えば、グリプス地下大迷宮には出ないが、世界のアチコチにあるダンジョンの中には、こんな、人型のモンスターが出る所もあると言うような事を、酒場の大人達が話していたのを聞いたような気がする。
……だが、ここはダンジョンじゃない。
モンスターはダンジョンの中にしか居ないもの。この世界共通の常識だ。
なのに、……なんだ? コイツは。
悪魔は、三日月の様に口を歪めながら言った。
「ずっと探してた……。バロックがグリプスに潜ってるとは聞いてたが、まさか、あいつがそれを持ってっていたとはな」
バロックとは、エルの爺さんの名前だ。
こいつ、爺さんの知り合いか? いや、相当代わりモンの爺さんだったが、流石にこんな、化物の知り合いなんていないだろ。
俺は蹲るエルを背にかばいながら、悪魔を睨む。
だけど悪魔は、ゴミでも見るみたいな目を俺に向け、冷めた声で言った。
「ちょっと邪魔だ。お前はどいとけ」
「!?」
途端、俺の身体が後ろに吸い込まれるように引っ張られる。
その、あまりの勢いに、俺は絶叫した。
「うあぁぁああぁぁぁ―――ーっっ!」
吸い込まれるっ……否、違う。……これ、よく分かんねえけど、俺は、横向きに落ちてるんだ。
俺は咄嗟に砂に手を付き、落下を止める。
だけどそれだけじゃ勢いは弱まるだけで、俺の身体は滑り落ち続ける。
たまたま砂漠から突き出していた枯れ木があり、それに何とか捕まって、やっと俺の落下は止まった。
……あの化物、何しやがった!?
俺は、エルと化物がいる方を睨んだ。
落下により離れた距離はおよそ50メートル。
俺は、木の枝を力任せに折ると、それを砂に、突き立て、エルの方へと、砂壁をよじ登り始めた。
―――待ってろよっ! エル!!
◆
〈Sideエル〉
「テトォッ!!」
私は、突然後ろに弾き飛んだ、テトの名前を呼んだです。
すると、しばらく飛んでいった先で、テトは枯れ木に捕まり、どうやら無事のようでした。
ハラハラと見ていると、テトは何故か、這いずりながら、こちらに向かってきます。……何をしているんでしょう?
私が頭に疑問を浮かべながら、その様子を見ていると、突然また、あの空飛ぶ変な人の声がしたので、私は振り返りました。
さっきみたいな怖い声じゃなくて、優しい声で、しかも貴族の人みたいな、大げさなお辞儀なんかまでしながら、変な人は私に言ってきました。
「こんばんは、麗しのクイーン……、いや、今はプリンセスかな?」
―――……へ?
「プリンセス? 誰が?」
そして変な人は、音も無く、目の前にふわりと降りてきて、私の顔を至近距離で覗き込んできたです。
短くて、ウェーブのかかった、夜の空みたいに濃紺の髪。片目には、蜘蛛の巣の刺繍の入った眼帯をつけた、鼻筋の通った男の人でした。
「……目の色が変わってる。……薬は?」
「へ? クスリ……、あ!」
そう言われて、私は突然思い出しました。
テトにパズルを奪われ、慌てて家を出たせいで、おじいちゃんから必ず飲むようにと言われていた薬を、まだ飲んでなかった事に。
「……ちゃんと、飲め」
そう言た変な人の差し出して来た手に、突然丸薬の詰まった瓶が出現しました。
それは、私の病気の症状を、抑える為の薬……
私は咄嗟に、変な人からその小瓶を奪い、薬を飲みました。
途端、あの独特の嫌な匂いが口の中に充満して、辺りに立ち込めていたテトの匂いが分からなくなりました。
―――……っ!?
私、今、知らない人から、物を貰ってしまったです!!
おじいちゃんから、“知らない人から、ものを貰っちゃいけません”って言われていたのに!!
というか、なんでこの変な人が、私の薬を持ってるですか!? やっぱり“変な人”です!!
私がわなわなと震えながら、変な人に目を向けると、変な人は、優しそうに笑っていました。
……この人、やっぱりおじいちゃんの、知り合いなのでしょうか?
変な人は、優しそうに笑ったまま、私に手を伸ばしながら言いました。
「ともかく、その保有者が思慮深い貴女でよかった。そうだ、良かったら、オレが貴女をこのまま保護しよう。―――……そして、何ならその苦しみからも救ってやる。だから、オレと一緒に来てくれ」
「……? す、救うって、どうやってですか……?」
変な人は、伸ばした冷たい手で、私の手首を掴みながら、それは優しげな笑顔で言いました。
「―――魂を、抜くんだよ。そしてその肉体を、オレが喰らう……」
「……っ」
「っさせるかぁっ!!」
心が凍ってしまいそうな、冷たい手が、私に触れたと思った瞬間、私は肩を掴まれ、思いっきり後ろに引っ張られたのです。