旅立ちの朝
崩壊した砂の街を俺は駆け抜けた。
指名手配されてるからって、この混乱の中、誰も俺みたいなガキに構ってくる奴はいない。
ボロ布で髪と口元を隠し、敢えて堂々と歩けば、誰一人俺が何者かなんて気付く者はなかった。
見慣れた街は砂お化け達により尽く破壊し尽くされて、そんな街の奴らの対応は様々だ。
財産を失い泣く者、傷一つなかったと幸運を喜ぶもの、はぐれた家族を必死で探す者、黙々と街の建て直し作業をする者……。何れにせよ、どいつもこいつも自分の事で手がいっぱいって訳だ。
やがて俺は、あの悪魔が言っていた【東門】に辿り着いた。
この外に、エルとあの悪魔が居るはずだ。
だけどいつもは警備もガラガラの街堺の壁や柵には、今日は煌々と明かりが灯され、自警団の奴らが総手で監視をしている。
―――俺達を探してるんだろうか?
俺はどうやって抜け出そうか考えを巡らせながら、瓦礫の影に身を潜めその様子を伺った。
その時、ふと門の方で喧騒が起こった。
「いい加減にしろっ! 下がれ! 手荒なことはする気がないって言ってるだろう!」
「いいや、何様だ!? なんでその人が疑われなきゃなんないんだよっ!」
「そうよ、この人でなしっ!! 早く開放しなさいよ!!」
「まて、この男の身元を確認してから、」
「そんな事してるならお前が代わりに働けよ!」
「お前らが何してくれた? 門でボーっと突っ立ってただけだろ!? その人はなぁっ」
「もういいから下がれって言ってんだろう!? この人、お前らにビビってるって分かんねぇのか!?」
そちらに目を向ければ、一台の黒い天蓋が張られた商人の馬車があった。
そこを囲むように人だかりが出来、自警団と街の奴らが言い争っている。
そして自警団に護られるように、フード付きの外套を纏った男が手を上げ、群衆を宥めようと慌てふためいていた。
「その人はねぇっ、崩れかかった家から夫を救い出してくれたの。恩人なのよ!」
「わしじゃってなぁ! わしの命より大事な証文が燃える前に、火事を消し止めてくれたんだっ、ありがとうございます! 旅のお方!」
「自警団が何だ? お前らなんか何にもせず、お連れのやんごとなきお方を無礼に問い質しただけじゃないか!? それを今更っ」
「こっちだって仕事なんだよ! 金髪青眼の子供を探してるんだ。この惨状を引き起こした化物……」
自警団がそう反論したとき、とうとう人垣から石が投げられた。
「何をする!?」
「金髪青眼西の容姿なんて、ロスタニア王国に行けはいくらでも居るわ。その馬車に乗ったあの子を見たでしょう!? 間違いなく高貴な身分の御子よ! 化物なんて言わないで!」
俺はまた騒ぎ出したその隙に、門をくぐれないかとそっと身を低くし、瓦礫の影を離れた。
だけどその時突然、その喧騒の原因であろう商人の男が声を上げたのだ。
「あ! いました! すみません! オレの連れがやっと来ました!」
!?
「「「「!!?」」」」
男は瓦礫から身を乗り出した俺を指さし、集まった奴らも一斉に振り返って俺を見る。
―――……まずい……。
注目され硬直した俺に、男は人垣を押しのけてタッタッと駆け寄ってきた。
「いやー、遅いから心配したんだぞ? よし行こう。すぐ行こう! これ以上大事になる前にっ!」
そう言って俺の腕を引っ張った男を見上げ、俺は目を見開いた。
「―――……お前……悪魔!?」
「しーっ!!」
俺が思わずそういった瞬間、悪魔は慌てて俺の口を手で塞いぎ、もう一方の手の人差し指を自分の口に押し当てた。
男の背中の翼はない。だがその顔、見忘れるはずが無かった。
俺は口を塞がれた手を押し退けて、悪魔を睨んだ。
「……ってめ、【外】って言ってたのに、こんなとこで堂々と何してんだ!?」
「知らねぇよ。オレだって困惑してるんだ。崩れかかった家に、元気いっぱいに飛び込んでったおっさんがいたから、連れ戻してやったんだよ。後暇だったから炊き出しの手伝いとか、瓦礫を退けたり、柱を支える手伝いとか……? そしたらなんか、いつの間にかこんな事になってて……」
「お前が壊したんだろ!? なに、復興作業を普通にしてんだ? ふざけんなよ!」
「まぁ壊したけど、だからって手助けしちゃいけない理由にはならんだろう?」
「じゃあ始めから壊すなよ!!」
俺達がそう小声で言い合っていると、街の奴らと自警団の連中がこちらに走ってきた。
悪魔はまたヒソヒソと俺に言う。
「……いいか? オレが奴等と話すから、お前は話しを合わせろ。なんか妙な事になっちまったからな」
……『妙な事』になったのは、一分の隙も無くてめぇのせいだよ。
お前が手伝う事自体『妙な事』なんだよ。
そして悪魔はくるりと踵を返すと、街の奴らに向き直っていけしゃあしゃあと話し始めた。
「皆様が快くここで待たせてくれたおかげで、連れと合流する事が出来ました。ありがとうございます! ではオレ達はこの辺でお暇を……」
だが流石に怪しく、追い付いてきた自警団の男の眉間に深いシワが寄る。
「それが、貴方のお連れ? こんな子供とは……。すまないが、その覆面を取って貰っても?」
自警団の男の言葉に、俺の背中に冷たいものが走る。
だが悪魔は、手を伸ばそうとする自警団と俺の間に、すっと腕を伸ばし、自警団の男に言った。
「申し訳ありません。このお方はとあるやんごとなき身分のお方。その身分は馬車の娘よりも高く、尊き方ゆえ敢えてこのような格好でのお忍びとしておりました。しかしこのような格好をしていたと公に知れれば、家名に傷が付きます。許してはいただけないでしょうか?」
「し、しかし……」
そう言いながら、ジロジロと諦めず俺を見る自警団の男。
俺は背筋を伸ばし、じいさんに叩き込まれた作法の一つをその男に披露してやった。
「―――仰る通り、このような格好では不審に思われても仕方がありませんね。そしえこのようなタイミングにこちらを訪れてしまった事、当然ながら私にも不備はあります。ですがどうかご容赦頂きたい。そしてどうかこの地を、高潔で勇敢な者達の住まう地として、この胸に留め置かせてくださいませんか」
腕を曲げ、ゆっくりと腰を屈めてそう挨拶をしてやれば、自警団の男の顔に焦りが浮かび、伸ばしかけていた手を引っ込めた。
俺は可笑しくなって悪魔に歯の浮くようなセリフを言ってやる。
「見よ、やはりこの地の者達は素晴らしい。このような憂き目にあったにも関わらず、沈着冷静に正しき判断が出来るのだ。行こう。父上に余すことなくそれを報告せねばならん」
「え、ええ。……い、行きましょうか」
そう答えた悪魔の顔も、驚きに目を見開き引き攣らせていた。
◆
「どうぞまた来てくださいー!」
「お気をつけてぇー!!」
「いつかまた来られた際はぜひ、家に立ち寄ってください!」
「お達者でー!!」
俺達は盛大に見送られながら、堂々と馬車に乗り込んだ。
馬車の扉を締める前には、優雅に手なんか振り返したりなんかしてみたりして……―――なんか、想像してたのと全然違う旅立ちだった。




