エルとテトという子供
こんにちは、私はエルと言います。
ここは、グリプス砂漠にある、世界最古のダンジョン“グリプス地下大迷宮”に隣接する街、グリムポリス。
そのグリムポリスの、場末の酒場の地下に住んでいる、7歳の女の子、それが私です。
昨年までは、私はここに、おじいちゃんと住んでいたのですが、昨年の夏、おじいちゃんは死んで、居なくなってしまったのです。
酒場の女将さんは、“暑いのに、こんな所にこもってたから、ねっちゅーしょーになったんだ”と、言ってました。
―――だけど私は、そうでは無いと思っています。
だって、おじいちゃんはとても強い冒険者だったからです。
おじいちゃんは、A級冒険者と言われる凄い人達でも、80階が限界と言われる“グリプス地下大迷宮”を、150階まで降りたと言っていたのですから!
そして、とてもいっぱいお金を稼いでくれていたので、私はおじいちゃんが居なくなっても、宿をしばらくは追い出されなくて済んでいます。
そんな強い冒険者は、ねっちゅーしょーなんかで死んだりは、しないと思います。
そんな嘘を言う人がいっぱいいる外は、嫌いです。
―――ドンドンドンッ!
「おーい! モグラ、居るかーー?」
私がいつものように、おじいちゃんのロッキングチェアに、沈むように座りながらパズルを解いていると、外から男の子の声が聴こえました。
私は、ほっぺたを膨らませながら、イスから降り、扉を開けました。
「む―――! テト! 私はモグラじゃないです! エルと言うのです!」
テトは私の友達です。本当は、テオラドールと言うのですが、言いにくいので、テトと呼んでいます。
「だってお前、いつも穴蔵に籠もって、出てこないし、出て来たとしても、“サングラスに長袖、くりっくりのターバン”ってどんな装備だよ?」
「何回も言ってるです! 私は皮膚が弱い病気なんです! おじいちゃんもそうでした。日中は駄目ですが、夜はちゃんと外に出られるです!」
そう、私とおじいちゃんは皮膚が弱いと言う、生まれつきの病気でした。
おじいちゃんは私の病気を治そうと、来る日も来る日も、グリプス大迷宮に挑んでいました。
地下迷宮だったから、おじいちゃんのお肌は問題なかったみたいです。
何故、病気を治す為にダンジョンに潜ったかと言うと、古い伝説に、とある英雄が“賢者の石”という宝をこの迷宮に隠したそうなのです。
それには、どんな願いでも叶うくらいの凄い力があって、それがあれば、私が元気になるかも知れないそうなのです。
……でも結局、それを見つける事はできず、おじいちゃんは逝ってしまったのです。
……私がこんな病気じゃなければ、もっとおじいちゃんと一緒に居られたのに……。
私が悲しい気持ちでため聞きをついていると、テトが言いました。
「なあ、エル。なら日が沈んでから、砂丘に行こうぜ」
「……。」
私は首を振ったです。
「なんでだよ!? 夕暮れ時からなら出られるんだろ?」
「私は、砂丘になんて行きたくないです。それに、おじいちゃんが迷宮から持って帰ってきた、パズルを解くのに忙しいのです」
私はムギュムギュとごちゃごちゃと言うテトのおなかを、ドアの外まで押し出したのです。
「なっ! そんなのいつだってできるだろ!? おい! そんなんだからお前はいつまで経っても、モグラって言われるんだぞ!? って言うか、押すなよっ」
―――パタン。
大きなお世話です。私は、外は嫌いなのです。
そして私は、またおじいちゃんのロッキングチェアに沈み込み、ハーティー草の彫刻が刻まれたパズルに取り掛かったのです。
◇
「あーっ! クソっ」
俺は閉められた扉を1回蹴り上げて、踵を返した。
「あっ! テト、あんたまた振られたからって、ウチを蹴るんじゃないよ!」
「うるせー! どうせボロ屋じゃねぇか!」
俺は怒鳴ってくる酒場の女将に、大人達のような口調で言い返し、走って逃げた。
俺の名前は、テオラドール。皆からはテトって呼ばれてる。
俺の親父は何処にでもいるような冒険者で、グリプス大迷宮の地下5階辺りをウロウロして、日銭を稼いでる。
女癖が悪いせいで、俺の母ちゃんは、親父に愛想を尽かしては、どっかに行っちまった。まぁ、もともと結婚してたわけでもないらしい。
女癖の悪いせいで親父はいつも金が無い。
この間なんて、「自分の飯代は自分で稼げ」とか言って来やがった。6歳のガキに向かってだぜ?
―――まぁ、いいんだけどさ。
マーケットをすり抜け際、俺は屋台の山積みになっていたリンゴを一つ掠め取った。
どうせ店の奴らだって、スラれる分も見越して値段つけてんだろ?
俺は小綺麗な買い物袋をポケットから出して、りんごをその中に落とした。
こうしてりゃ、間抜けな大人達は、ちゃんと買ったものだと思うからな。
◆
マーケットを抜け、裏道を更に抜けた先にある、瓦礫置き場についた時、俺を呼ぶ声が上がった。
「おーいテト! 買い物行ってきたのか?」
俺はゴミ山を見上げた。
その上には、見慣れたいつもの仲間、マクシミリアンことマックと、キャシークロウことキキが座っていた。
あいつらは俺の仲間で、“親なんぞクソッタレ団”の団員だ。
俺は袋から干し肉を出し、マックとキキに投げつけた。
「大量だよ」
「おお、サンキュ」
マックはそれを受け取り、すぐに美味そうに頬張ったが、キキは受け取るだけで、俺をじっと見る。
「……。……エルは?」
「来ねえってよ。また例のパズルをやるって」
「また? あんた嫌われてんじゃなの? ってか、もういい加減誘うのやめようよ」
手を上げながら言うキキを、俺は睨みながら言った。
「黙れよ。お前も知ってんだろ? あいつの爺さんは、最高の冒険者だった。どんだけ世話になったかもう忘れたのかよ? あの爺さんに、エルを頼むって言われたんだ。俺はあいつを絶対連れ出してやるんだよ」
俺がそう言うと、キキはニヤリと苛つく笑いを浮かべながら言った。
「―――……とか言って、テトってば、単にエルが好きなんじゃないの?」
「はあ?」
「やめときなよー。あの子、7歳なのになんか見かけ4歳くらいじゃん? 生育悪すぎ。アタシだったら、きっとい~女に成長すると思うけどね?」
そう言って、ぺったんこの胸を突き出すキキがギャグにしか見えず、俺は“あり得ない!”と言いながら腹を抱えて笑った。
その時、肉を食い終わったマックが言った。
「てゆーかさあ。そんなに連れ出したいなら、そのパズル、盗ってくればいいんじゃないか?」
「!」
―――……確かに。
俺はマックのその言葉に、目を見開き、駆け出した。
「あっ、ねえ、テト!」
呼び止めるキキを無視して、俺は言った。
「マック、サンキュー!! ちょっくら盗ってくらぁーー!!」
「もうっ! もう日が暮れるよ!? アタシ達と一緒に行くんじゃなかったの!?」
「お前らで先行っとけよ! 俺はエルを引っ張り出して行くから!」
俺は走りながら二人に手を振った。
そう、今日は8年に一度見られる、“月食”の日なんだ。
街からじゃ明るすぎて、月はきれいに見えない。
正直月食なんざ興味ねーけど、あいつを連れ出すのに、絶好の口実って訳なんだよ。
俺は、茜色に染まる街を走った。