終焉の序章③
「ふん。こんな縄で妾が拘束できるはずも無かろ? 本当に捕らえたくば、せめてグレイプニルくらいは持ってくるのじゃな」
ルナシェルムの言葉に、ルシファーの顔が引きつる。
そんなルシファーを、ルナシェル厶は可笑しそうに笑いながら言った。
「のう、ルシファーよ。今からでも遅くは無い。妾の眷属に降らぬか? 悪い様にはせん」
「はは、ご冗談はお嫌いのはず。それは、貴女自身が無理だとご理解なさっているでしょう」
「そうじゃの。冗談は好きでは無い……。ならば、“妾を喰らう”等と、貴様がほざいた冗談の落とし前は、どうつけてくれようか?」
「っ!?」
ルナシェルムの言葉に、大きくルシファーの肩が震えた。
「妾の記憶が無いことをいい事に、丸め込もうとしたか? ズルい男よの」
フフと口を歪めながら笑うルナシェルムに、ルシファーから汗が吹き出した。
「そっ、そのような事は決してございません……。貴女の為をと……オレはっ……」
ルナシェルムの緋色の瞳がルシファーを貫き、あれ程巨大に見えた悪魔が、小さく肩を震わせている。
「……ふん、つまらぬ。では、落とし前としてお前がアレを引き続き育てよ。バロックの愚か者が仕上げ損ねた、あの出来損ないをな」
ルナシェルムの言葉に、二人の声がハモった。
……それはそれは嫌そうな、俺とルシファーの声。
「「え……」」
「……い、いやしかし姫。このガキが貴方様に見合うとは到底……」
「貴様の意見など聞いておらぬ。言ったであろ? くだらぬ冗談で妾を不快にさせた落とし前じゃ。貴様の命か、貴様の双翼か、若しくテオラドールを仕上げるか。―――……選べ」
何を勝手に話してんだ? コイツ等は。
思わず俺が声を上げようとしたその時、俺の身体が突然重くなった。
そのあまりの重みに耐えきれず、俺は、砂の地面に再び押し付けられる。
「グッ!?」
俺が化物共を睨めば、ルシファーがこちらをものすごい形相で睨んでいた。
「―――……っお前を、……お前を、ルナシェルム様の餌として見合う人間に、オレが鍛える! ……逃げんなよ!?」
「っ!?」
「分かったなっ!!」
「……お、おう」
……いや、“おう”じゃねえだろ俺。
その物言いと気迫が、あまりに爺さんと被って、頷いちまった。
俺が抗議をする前に、ルナシェルムか嗤った。
「ふ、急げよ。―――……さもなくば、アレが世界を滅ぼすぞ」
そう言ったルナシェルムに、ルシファーが目を見開く。
「!」
「妾に隠していたつもりか? 思い上がるな。脆弱なお前ごときが、覇王を抑え込めると思うなよ」
ルシファーが緋色の視線から逃れるように目を逸らし、言葉をつまらせた。
「……」
その時、ルナシェルムが小さな欠伸をした。
「あれこれ考えるのも良いが、お前はただお前の役目を果たせば良い。……妾は、また眠る。今の世は、妾にはちと生きにくい。……しかし、妙なことをしよう等とは考えるなよ? “エル”を通して、妾は、見ておるからの」
そういい、目を綴じたルナシェルムから、ふと力が抜け崩れ落ちた。
「おっと」
ルシファーがその体を受け止めた瞬間、その小さな体がもがき始めた。
「はっ、離すです!!」
必死で暴れるその姿は、俺の良く知るその子だ。
青い瞳の……
「……エル……」
俺が呟くようにそう漏らすと、エルがこちらを見て、必死に叫ぶ。
「て、テトぉ!! 変な人に捕まってしまったですっ!!」
「……」
無言の俺に、エルの顔に困惑が浮かぶ。
「……テト?」
「エル、……お前は誰なんだ?」
俺は、思わずそう口走っていた。
だって、訳のわからないことが多すぎる。
信じた奴全てが俺を裏切る。俺を否定する。
―――この時、俺はどんな顔でエルを見ていたんだろうか?
エルはルシファーの腕でもがくのを止め、俯いた。
「……テトは、……エルは、エルだと言ってくれていたです……」
「っ」
その言葉に、俺は後悔した。
エルを信じるって決めてたのに。
「……エル、ごめん。違うんだ……」
……俺はエルに何を言い訳しようとしてる?
掛ける言葉も、言い訳も見つからず、俺は言葉を詰まらせる。
その時、ルシファーの背後に砂が集まりだし、女の砂オバケが現れた。
「ルシファー様、そろそろ壊すところがなくなってきましたが、どうしましょう?」
「ん? ああエンヴィーか。いいぞ。終わったなら撤退しろ。こっちもプリンセスからゴーサインが出たしな」
「は、では」
女が去ると、ルシファーが俺を見た。
「お前の居場所は、もうここには無い。夜明けに東門の外で待ってるから、家族に別れを告げてこい。二度と会えないと思っとけ」
……親父の事なんかどうでも良い。
「……エルは?」
俺が聞くと、エルはビクリと体を震わせた。
「俺と来てもらう。ルナシェルム様も、もうここには居られんだろうしな」
もう、エルは抵抗しようとはしなかった。
ルシファーは、羽根を広げるとふわりと浮き上がった。
「逃げんなよ」
ルシファーはそう言うと、暗い空に消えて行った。
◆◆
後に街の奴らから聞いた。
突然、ダンジョンに居るようなグール達が地上に溢れ出し、民家を壊し尽くしたそうだ。
ジジイやババア共は世界の終わりだと泣き出し、大人達はかつて賢者の予言した通り、魔物達が世界に溢れ出したのだと騒いでいた。
冒険者達がギルドに集められ、王都に向けて伝令が飛ぶ。
騒がしい。
喧しい。
そんな事より、誰か教えてくれよ。
―――俺は、どうしたら良い?
気づけば、俺は親父のいる家の前に突っ立っていた。




