終焉の序章①
やがて日は沈み、紫の雲を残しつつ闇が迫る黄昏時、俺達は地下の穴蔵からそっと抜け出た。
エルはなんやかんやで大きなリュックを持ち、俺の後を付いて走る。俺は、着の身着のまま荷物なんてないから、エルの荷物を持ってやってる。
東の厩まで、走れば20分で着く。約束の時間に、全く問題はないだろう。
途中ゆらりと歩く沙オバケ達を見かけたが、裏道を知り尽くした俺は、難なくすり抜ける事ができた。
街の奴らにも、砂お化けたちにも見つからないように街を出る。
致し方ない脱出ではあるが、親父やこのグリムポリスをエルと一緒に出られると思えば、なぜかホッとしたような気持ちになった。
「テト、アッチにも砂おばけが居るです!」
「よしっ、こっちの道だ」
こう見えて、エルはかなり勘がいい。
俺はエルの指示に、確認すら取らず走った。
◆
二人の子供達が街を縫うようにひたかけている時、街から少し離れた南の砂漠に、1匹の羽の折れ曲がった悪魔があぐらをかいて座っていた。
悪魔は砂丘の上から街を眺め、ポソリと呟く。
「……そろそろか?」
悪魔がそう呟いたとき、悪魔の目の前の砂が渦を巻くように盛り上がった。
そしてそれは一人のひび割れた女の姿を象り、跪いた。
女が言う。
「見つけました、ルシファー様」
ルシファーがニヤリと笑い、立ち上がった。
「只今後を付けさせております。いかがしましょう」
「―――……そうだな。派手にやるか」
「!?」
女の目が見開き、ルシファーを見つめた。
「……よろしいので? 開放の時まであと十年の筈ですが」
「そうだ。まだ手をだちゃいけないな。だが、俺達の存在を知らしめるにはそろそろいい頃合いだと思うんだ」
「つまり、隠蔽の必要はもうないと?」
「そうだ。ある日突然襲われるより、多少心構えも出来てたほうが、人間共も諦めもつくだろ。まだ、手を出すことは許さん。もし掠り傷1つつけてみろよ。……その魂欠片も残さず消してやる」
「……」
仲間であるはずの亡者を、庇おうともしないその物言いに、女は言葉を詰まらす。
そんな女にルシファーは、可笑しそうに咲いながら言った。
「―――……だが、人間に被害が出ないなら何をしても良い。そう、亡者共に伝えておけ。お前も暴れていいぞ。エンヴィー」
エンヴィーと呼ばれた女が、不気味に口を歪めながら言う。
「……相変わらず、ルシファー様はお優しい」
「ハッハッハー、褒めても何も出ねーぞ?」
「ふ、もはや何も望むはずもありません。望みの物は既に与えられました。この魂、ルシファー様の望みのままに利用されればいい」
エンヴィーの言葉に、ルシファーの目が光った。
「―――……そうか、なら行け。壊してこいよ、仮染めの“平穏”ってやつをさ」
「はっ!」
エンヴィーは頭を下げると、その身を再び砂に崩した。
一人立ち尽くすルシファーが、明かりの灯り始めた街を見下ろす。
風が吹けば、夜空のような濃紺の髪が揺れた。
「じゃ、俺も行くか。おイタをしたガキにゃ、仕置が必要だからな。……そんで、姫を鳥籠から救い出さねーと」
そして、ふわりとその体は空に吸い込まれていった。
◆
〈Sideテト〉
俺達が厩に着いてみれば、見張りはいなかった。
篝火だけが焚かれ3頭の馬が落ち着いて佇んで居る。
俺はそっと荷物をおろし、鞍を馬の背中に装着した。
爺さんから、俺は一通りの事は学んだ。……と言うか、しごき上げられた?
文字の読み書きや、武器の扱い、魔法や、馬の乗り方も当然の嗜みと言われ教えられた。
戦闘や実践を見越してだとか言って、裸馬の乗り方を徹底的に叩きこれたが、今回はエルとの二人乗りだ。鞍があった方が、エルは安定して乗れるだろ。
鞍を装着し、馬の綱を解こうとした時、俺は妙なことに気付いた。馬を繋ぐロープの他に、何故か厩の天井の梁に括り付けられた細い金属のチェーン。
「……なんだ? こりゃ」
輪っかにして通されたチェーンの端は、梁の近くで鍵をかけられている。
俺の身長じゃ鍵開けは、ちょっと無理そうだ。
どうやって鎖を切ろうかと考えていたら、厩の向かいの小屋の陰から、一人の影が出てきた。
「!?」
とっさに身構えたが、それはキキだった。
俺は、ほっと肩の力を抜き、キキにヒソヒソと声をかける。
「キキ、サンキューな。ちょっと妙な鎖で繋がれてて手間取ってたんだ。……見張りは大丈夫そうか?」
キキは何故か下を向き、唇を噛みながら言った。
「……テト、ごめんね。やっぱりアンタは行っちゃ駄目だ」
一瞬、何を言ってるのか、全く理解出来なかった。
そして、その意味に気づいた瞬間、俺は大きな腕で後ろから頭を押さえつけられ、砂に顔を埋めていた。
少し遅れ、後ろからエルの悲鳴が上がる。
「はわぁ―――ーーっっ!! ごめんなさいですぅ!!」
見ればエルが男に取り押さえられ、その小さな体にぐるぐると縄を撒かれようとしていた。
俺は、キキを睨む。
「どういうつもりだ? キキ」
キキは俺を見下ろしながら言った。
「テトの話を信じたんだよ」
「?」
「テトが話した通り、私も砂オバケの物をスッてやった。その後、親父に頼んで斬って貰った」
「!?」
親父に頼んだ? こいつ、親父のこと嫌ってたはずだ。何をやってんだよ?
「そしたら斬ったその体も、砂になって崩れ落ちた。親父もびっくりしてた。ダンジョン以外でモンスターが出るなんてって。……だけど、その話が事実なら……」
そこでキキは言葉を呑み込み、エルを見た。そして再び俺を睨むような目で見た。
そして、信じられない言葉を吐いた。
「エルは化物なんだろ? 目を覚ましな、テオラドール。それは人間の敵だよ。退治しなきゃならないんだ」
……なにいってんだ? こいつ。




