ー✘ー バツ
―――なにかに吸い寄せられるように、夢は終わる。
夢が夢だと気づいていた分、俺は特に寝ぼけることも無く目を覚まし、身を起こした。
辺りは真っ暗だった。
―――……そういや、エルの家で寝ちまったんだ。
エルの家は、日が昇ってからは完全な闇になる。エルは灯を消して寝るし、日の光が入らないよう、窓は雨戸を閉め切っているからだ。
俺は魔法で小さな灯りを付ける。
どう言う仕組みかは知らないが、エルにダメージを与えるのは“日の光”で、魔法の光や暖炉の火の光じゃ別にダメージをくらう事は無いのだそうだ。
俺の出した光は極小の光、真っ暗な闇の中では、辺り10センチも照らし出せない。だけど、実際のところ、自前のマナだけでこんだけ魔法が使えるって、結構凄いことなんだぜ?
人間が自前で持つマナはごく僅かで、それだけで使える事のできる魔法なんて、ほとんど何も出来ないに等しい。
だが、ダンジョンで採れる“魔石”を使った魔具なんかで、自分のマナを底上げする事で漸く、“目に見える程度の魔法”が使えるようになる。
だけど魔石は大概高価で、貧乏人は買えないけどな。買えてもクズ石ばっかだ。
まあ、俺は爺さんに効率的な使い方を教えてもらったお陰で、こうして別に無くても不便の無いくらいには使えるから、盗って来たりはしない。
俺は指先のライトを左右に振って、ランタンを見つけ、それに火を灯した。
途端に、オレンジ色の光が辺りを照らし出した。
それで気づいたんだけど、俺の膝に、爺さんが昔使ってたマントが乗っていた。
多分エルが上掛け代わりに掛けてくれたんだ。……だからあんな、す巻にされた時の夢を見たのか……?
まあいい。
俺はまた再び空腹を感じ、出掛けることにした。
マントを椅子の背もたれにかけ、布を顔に巻く。そして光の差し込まないように、そっとドアをすり抜けて、また外から鍵をかけておいた。
……因みに、鍵あけの反対だ。決して、鍵を持ってるわけではない。
外に出れば、日はずいぶん高くなっていた。
午後の3時前後だろう。市場に出ると、手のひび割れた奴を見つけて、そっと屋台の陰に隠れた。
そして、そこで身を潜めてると、屋台の表から話し声が聞こえた。
大したことのない世間話……と思ってたら、それに混じって妙な話が始まる。
「……そう言えばお前が言ってたアレ、ウチもされたぜ」
「だろ!? 街の奴らすげえ喧騒で犯人を探してるぜ」
「しかし一体、何だありゃ? 家の入り口にタールみたいな物で“✘”マークが付けられてるだけ。昼間に飯食いに帰ったとき、嫁が鬼の形相で落書きを消そうとしてたが、欠片も取れねえ。……しかも、堂々とやるくせに、誰も犯人を見ていないときた」
「そうなんだよな。しかし犯人のやつ、街中の扉に落書きする気か?」
「おいおい。この街にどんだけの人数が住んでると思ってるんだ? そのうち見つかるさ。それより俺は、今どうやって嫁の機嫌を治すか、必死に考えてんだ」
「違いねぇ! お前んとこの嫁……」
世間話はまたどうでもいい内容に戻った。
……俺はその犯人が分かった。
きっとあの砂お化け達が、俺とエルを探してるんだ。
俺は、市場を走り、途中で山積みされてる食い物を掠め取りながら、住宅街に向かった。
◆
あの屋台のオヤジ達が話していたように、住宅街の方の扉は、軒並み“✘”の印が、扉に殴り画きされていた。
俺はその扉を調べる。
爺さんに教えてもらった、“マナの共鳴”。俺の中のマナを、他のものに含まれるマナの動きに併せ、それが何かを探るんだ。……“影絵当てゲーム”みたいなもんだな。
真っ黒いタールのようだが、コレは泥だ。
マナで練り上げた泥を、魔法で扉に固定させている。―――……確かにこれじゃ、拭こうが削ろうが取れないだろうな。
ふと、爺さんの言葉が俺の脳裏を過る。
―――幾通りもの予測を立てろ。その全てに対処できるよう、準備を怠るな。後手に回れば、お前みたいな弱者、一瞬で喰われるぞ。
俺は考える。
……このバツマークがついた家は、おそらく調べたあとの家だ。エルの家にはマークは付いていなかったからな。
調べられないように、似たような模様をエルの家の扉に描いておくか? だが、これは魔法で書かれた印だ。奴等の目は誤魔化されない。
街の奴らが必死に犯人を探してるとも言ってた。
もし俺がペンキなんかで扉にマークを描いてたら、たちまちに街の奴らに見つかって捕まっちまう。
違う。
考えろ。もっと別の方法。……何が最善か。
俺はまた、走り出した。
「何してやがんだ? ガキっ、ここは俺の縄張りだぞっ! 待てっっ!!」
後ろから、浮浪者の怒鳴り声が聞こえてるが、俺は振り返らず走った。
爺さんの言葉が、また脳裏に過る。
―――決断しろ。そして、振り返るな。
◆
俺が走っていると、裏路地の交差点で、ばったりキキと出くわした。
「よう、キキ!」
「……その声、テト? なんで覆面なんてしてるの? ……やっぱ良い。どうせろくな理由じゃないから!」
首をブンブンと振るキキに、俺は覆面のまま言う。
「昨日の晩、大丈夫だったか?」
「……? 何が? それよりせっかくみんなで集まろうって言ってたのに、何で戻ってこなかったのよ!?」
「え? マックと行ったんじゃなかったのか?」
「げぇー、マックと二人きりで月見? ナイナイ。夜になってもあんたが戻って来なかったし、そのまま解散して帰ったわよ。別に月食なんて、元々興味なかったし」
どうやら、俺の仲間にロマンチストはいないようだ。
そして、俺はふとキキに言った。
「……キキ、今暇か? 手伝ってくれ」
「っは!? ひ、暇じゃないし!」
「ちょっと位いいじゃねえか! これから!エルの家に行くんだ。手伝ってほしい内容はそこで言うから、ちょっと来い」
「どっちにしろ行くんじゃない!? じゃあ暇とか聞くな!」
「……まじで、お前の力が要るんだ」
肩をいからせながら怒鳴るキキに、俺は更に頼んだ。
キキはため息を付き、手を挙げながら言う。
「ま、他でもないテトの頼みだし? しょうがないから聞いてあげる。エルの家に行けばいいの? ……行って追い出されたりはしない?」
そう言うキキに、俺は胸を張った。
「心配すんな。昨日ちゃんと和解した。……まあ、ちょっと込み入った理由はあったけど、それも向こうで話すよ」
そう言うと、キキは呆れたように鼻を鳴らした。
「全くテトは……。その荷物、半分持ったげる」
「お? おお、サンキュ!」
キキが、俺の荷物の片隅を持ち上げながら尋ねる。
「しかし、なんでこんな物……。なによ、これ?」
「これか? 扉だよ。住宅街に住む、家の無いオヤジの家の扉だ」
「!? なんで!? どっかのオヤジさん、ドア無くなってるってこと!?」
「そうだな。ま、奴らは強いから、何とかするだろ」
俺がそう言って口笛を吹くと、キキはじとりと俺を睨んだ。
「……テト……」
俺はその視線から逃げるように、また前を向いて走り出した。




