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冥界を統べる者

「あー。やっぱり美味しいです」


「……そうか」


 俺はしなびたリンゴを齧りながら、目を合わせず応えた。

 そして、さっき取り出した本のページを捲る。


「あった、コレだ」


 俺はそう言ってエルを見た。

 その時、エルの持つ大きなマグカップに、深緑の泥が見えて、思わずえづく。


「っぷ」


「とうしたですか?」


「……何でもねえ。早く飲んでくれ」


「? せっかちですねぇ」


 俺はエルに背を向けつつ、その本を読み上げた。




 ―――古の魔物図鑑 改定番


 かつてこの世界には、邪神の創造せし魔物や魔族と呼ばれる生き物が大地に根をおろしていた。

 それらは大抵“ダンジョン”に出没する“モンスター”と類似しているとの事だが、ここにはダンジョンに出没しない魔物を古文書と照らし合わせ、書き出した。


 No.46ルシファー


 冥界を統べる者。

 亡者たちの王としては、冥王ハデスが挙がるが、ルシファーはハデスをも従えると言う。

 また一説によれば、ルシファーは“邪神の声を聴く者”、“邪神の使い”、“邪神の化身”などとも言われるが、それらはまだ、噂の範囲であると記しておく。


 ルシファーの姿は、背に一対の“白骨”の翼を持った、長身の男とされている。


 ルシファーは人間に対して、とりわけ好戦的ではない。―――とはいえ、当然友好的でもない。一度それと対峙すれば、逃れる術は無いと言う。

 何故ならその魔力は無尽蔵。属性に拘らない、強力な魔法の攻撃を使ってくる上、時に誘惑(チャーム)等の、人心を操る術さえ使ったという。

 また、武器の扱いにも長け、あらゆる武器を使いこなすが、中でも好んで使うのが、短剣だと言う。

 勇者との対峙の記録はあまり無いが、1件だけある報告では、とある若い勇者が、手も足も出なかったとの記録があった。


 ―――ただ唯一、そんな恐ろしい化物にも、弱点があると言う。

 近年最も世界に影響を与えた人物に挙げられる、女医マリアンヌの自伝記の片隅に、その白骨の翼こそが、その弱点では無いかと記されていたのだ。





「―――どうよ、これ?」


 俺が読み上げてやると、エルが近づいてきた気配がした。

 それとともに、スープの香りがふわりとして、またえづいた……。


「白骨の、翼……。あの変な人にもついてました」


「そう、しかも俺があいつの羽根を、ちょっとバンしてやった途端、凄い剣幕でブチ切れきてたんだ!」


「……弱点を攻撃したからと言う事でしょうか?」


「……多分な。―――……それに俺、見たんだよ。昨日の夜、砂漠から妙な影が立ち上がって来るのを」


「妙な影?」


「砂が立ち上がって、人の形をとったんだ。そしてそれが、街の中に入って来た。あれ、多分“亡者”じゃねえか?」


 俺がそういった所でエルがスープを飲み干し、カップをテーブルに、カンと音を立てて置いた。そして言う。


「……そ、そんな子供騙し、騙されませんよ!?」


 ……。いや、別に怪談をしてる訳じゃないんだ。



 ◆



 俺の説明を聞き終わった、エルの表情が固まった。


「……で、その亡者(仮)は街に入ったと言いましたが、普通の人と見分けられる方法はあるですか?」


 そう言うエルに、俺はにやりと笑い、自慢げに言った。


「ああ、当然調べてきたぜ」


「流石ですね。それで、どこで見分けるのですか?」


「砂オバケからは、“スリ”が出来ないって事だ!」


「……。……はあ?」


「スッても、物が砂に戻るんだ。すげーぜ、財布とか時計とか、めっちゃリアルに出来てたのにさ、だいたい50メートル程度距離をとったら、砂に戻るんだ……」


 話を続けようとしてたら、何故かエルが冷たい視線を送ってきた。


「……そんなの、見分けには使え無いです。この非行少年」


「……」


「……」


 俺は、話を変えることにした。


「……じゃあ、あれだ。手の指先がひび割れてる」


「……ちゃんとあるじゃないですか」


「でも、これじゃ、手袋されてりゃわかんないぞ?」


「非行を行って確認するよりはマシです。……はあ。……手がひび割れてる人と、手袋を嵌めてる人には気をつけろってことですね」


「……まあ、そうだ」


 何でこいつは、俺に呆れてるんだ?

 こう言うのは、いろんな方向から確認するに、越したことはないだろうに。


 エルはため息を付きながら、言った。


「仮に、あの変な人が、“ルシファー”と言う魔物だったとしましょう。そして、亡者が私達を探しているとして、対策は何かいい案があるですか? そして、このナイフについては、何かわかったですか?」


「……いろいろ探して見たが、駄目だな」


 俺は、肩を落とすエルに、若干の気まずさを感じつつ、調べた事の報告をした。



「今の時代に現れた“勇者”が、5年前に迷宮にチャレンジした時の攻略階層知ってるか? 130階層だったそうだ。150階って言ったら、もう未知の階層だぜ。……それ、150階層から爺さんが持ち帰ったってお前言ったよな。ほんとにお前の爺さん、何者だよ?」


「おっ、おじいちゃんは、ただの“腕のいい冒険者”なのです! ……それに、おじいちゃんは言ってましたよ! “過去に、グリプスを最下層の200階層まで完全攻略した者が居る”って」


 エルの答えに、俺は肩をすくめた。

 だって、そんなの、このグリプス大迷宮の為に建てられたと言っても過言でないこの街、“グリムポリス”に住む者にとっては、常識だったからだ。


「―――……知ってるよ。大魔法使いの“魔人ガルシア”、世界地図を完成させた“マッパーガリバー”、あとはお馴染みの“賢者レイル”だろ? ガルシアとガリバーは眉唾かも知らねえけど、“賢者”は400年前に実在してたらしいしな。勇者すら怯える、とんでもないバケモンだったとか……」


 俺の言葉で、ふとエルの顔に影が落ちた。

 俺はポンポンとエルの頭を叩きなが、続ける。


「まあ、それに比べりゃ、お前は無害なバケモンだな!」


「むぅ!」


 口を尖らせるエルを笑いながら俺は言った。


「そいつ等の残した資料も、図書館にある分は一通り漁ってみたが、なんか、150階層以下の宝箱から出現アイテムの記録がないんだよなあ……。あ、ガリバーの手記には、“宝箱は開かない”って書かれてたな」


 魔人の残した資料なんて、もう何千年も前の話だ。

 伝え聞く内に、色んな脚色がされてるに決まってるから、信憑性なんて皆無だろう。―――……なんたって、“7日の内に、グリプス地下大迷宮を完全踏破した”とか書かれてるんだ。そんな事、バカでも嘘だと分かる。

 ガリバーは、……なんと言うか資料的には内容が薄かったな。

 賢者の資料は、まだ然程年代も離れていないせいか、残された資料がとても多い。逆に、多過ぎて、とてもじゃないが探しきれなかった。

 ……ま、あったとしても、肝心な何故か箇所は抜けてるしよ……。


 俺は、図書館で探しまくったあの時間を思い出し、ウンザリとため息をついた。

 そんな俺に、エルは口を尖らせたまま、何故か言い訳をするように、言ってくる。


「でも、おじいちゃんは“150階の宝箱から出てきた”って言ってたですよ」


 ……それなんだよな。爺さんが嘘つくわけない。

 腹の立つ嫌味は、よくいってたけどな……。


「別に爺さんを疑ってる訳じゃない。要は、無かったってことだ。そこにある本は、全部、古の魔物についてだ。ルシファーと、亡者やグール……それにヴァンパイア……」



 そこまで言って、俺の口からあくびが一つもれた。

 ついで、まぶたの奥がピクピクと痙攣する。



 ―――眠い。



 ……そうだ、俺この夜、寝ずに走り回ってたんだ。


 そう思った瞬間、俺の体が痺れる様な疲労感に襲われた。

 突然言葉を止めた俺に、エルが不思議そうに声を掛けてくる。


「テト、どうかしたですか?」


 ……もう、返事をすんのも面倒だ。

 俺は座ったままの体制でカクンと首を落とすと、俯きながらかろうじて言った。


「―――……寝る」


「ふえ!? テ、テト!? 何をっ」


 慌てた様なエルの声が聞こえたが、俺はそのまま意識を手放す。

 そしてその先で、俺は爺さんの夢を見た。

 なんてこと無い、昔の夢だ。





 ―――懐かしいなぁ……。



 俺は、夢の中で呑気にそんな事を思ってた。


 砂の化物は、眠ることすら無く、その使命を着々と進行していたというのにな。













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