オッパイ大根
〈Sideエル〉
私は昨晩テトに言われた通り、夜ご飯を食べた後からずっと、謎のナイフの使い方を練習していたです。
だけど私にはテトのように何かを伸ばしたりなんて器用なことは出来なかったです。
レイピアや、他の形にしようとしても駄目でした。……私には、才能が無いんでしょうか……。
私は立ち上がり、少し早い朝ごはんの準備を始めました。
メニューはいつも通り、“オッパイ大根”のシチューです。
……このオッパイ大根というのは、おじいちゃんの好物だった、謎植物です。
栄養が豊富で、自家栽培も可能。育てるのに日の光は必要なく、魔石を栄養にして水だけで育つ、なんともありたがたい大根です。しかも、魔石の品質によっては、最短5日で収穫可能なのです!
とはいえ、難点もあります。
見た目が気持ち悪い。この一点だけなのですが、致命的なまでに気持ち悪い。
収穫の際に、大根は妙な呻き声を上げます。そしてサブイボを立てながら抜いたそれは、まるでグロテスクな首吊り死体! ……まあ、実物は見たことないので、この表現が正しいかはわかりませんが。
大根は、もれなく人の形をしていて、もれなくその目玉が飛び出しているのです。
……その、あまりのキモチの悪さに、……そう、目玉をオッパイだと思い込むことにしたのです!
だからオッパイ大根。……本当の名前は忘れました……。
その時突然、扉が強くノックされました。
―――ドンドンドン
はっ! あのノックはテトです!
オッパイ大根を語ってるうちに、いつの間にか時間が経ってました!!
慌てて時計を見ましたが、時間はまだ4時ちょっと前。
……確かに“明日”とは言ってましたが、……早すぎませんか?
仕方無しに、私はオッパイ大根をまな板に置いたまま、扉を開けに行きました。
―――カチャ
「ひっ!?」
―――バタンッ!
扉を開けた瞬間、私は扉を思いっきり締めました。
だって、テトだと思って開けたのに、外には覆面をしたとても怪しい人がいたからです!
「っおい! 閉めんなっ! 俺だよ!」
……あれ?
怪しい人だと思ったら、テトの声がします。……どういう事でしょう?
私は、再びおそるおそる扉を開けてみると、そこには覆面をずらし、中からテトが覗いていました。
「……何してるですか? テト。最近のこの流行りの遊びはあまり分からないです」
「ちげーよっ! とにかく入れろ! 話はそれからだ!」
私の家なのに、テトは横暴です。
私は若干不満に思いつつも、昔のヨシミで優しく渋々招き入れて上げることにしました。
―――パタン
扉を閉めると、テトは覆面を外し、どさりと何やら重そうな荷物を床に置きました。
「ふーー、……で? ちっとは上手く使えるようになったのか?」
「……」
上から目線で言って来るテトに、私はなるべく怖く見えるような睨みをきかせました。
「てっ、テトにはまだ内緒です!」
「なんでだよ」
私はテトの追及を無視しました。
……ホントの所は、何故鎌にしか出来ないか、私は予想がついているのです。
―――……美しいと思ったのです。
昨晩、満月の下で、私の前に立ったあの後ろ姿。
私の手を引きながら、翻るサイズが、とても美しかったのです。
……テトは、イメージが大切だと言いましたが、あの美しい三日月が、私の目に焼き付いて離れないのです。
その時ふとテトが、の顔を覗き込んで来ました。
「?」
「エル、目はもういいのか?」
「目?」
「だって、日が昇るまで目は紅いとか言ってたじゃねーか。まだ夜明け前なのに、ブルーに戻ってるぞ」
「え……。―――……ええ!?」
私は慌てて、流しの鏡を見に駆け込みました。
「―――……本当です……。戻ってるです……」
なんで?
困惑する私に、テトは笑いながら言いました。
「治ってきてるんじゃねーのか? “病気”が!」
「……」
……まったく、テトは楽観的です。
―――……だけど、その通りで有ればいいな、なんて私は思ってしまうのです。
私はそんなテトに笑顔で頷きました。
◆
〈Sideテト〉
……また、エルが笑った。
いやいやいや。アイツはただ、病気が治ってきたから嬉しいだけだろ? いちいち反応すんなよ、俺。
俺は投げ落とした荷物袋にしゃがみ込み、一心不乱にそれを漁った。
「……何やってるですか? それは……本? え? でもまだ図書館は開いていない時間のはず……」
「盗ってきた」
「ええ!?」
俺の言葉にいちいち驚くエル。
俺は何から説明したらいいものかと考えながら、一冊の本を取り出した。
「俺だって、昨日はエルが寝てる昼間の時間に行って来ようと思ってたんだ。―――……だけど、そんなチンタラしてる時間すらなくなったんだ」
俺が本を掲げ見せながら、そういった時、気の抜ける音が響いた。
―――……グウゥーー……
「「!?」」
俺がチラリとエルを見ると、エルはジトリと俺を睨んでいた。
まあ、なんだ。……そう、俺の腹の音だからな。
だって、昨日の夕方から何も食ってねーんだよっ!
「……まったく、テトは何をしても決まらないですね」
「おまえにだけは言われたくねぇ」
俺は睨み返したが、エルは哀れみの眼差しを俺に向けつつため息をついた。
「……朝ごはんを作ろとしてた所です。一緒に食べるですか?」
「……もしかして、オッパイ大根か?」
「オッパイ大根です」
俺は首を振った。
「……いらねえ。あれだけは無理だ。不味すぎる」
「そうですか? 美味しいと思いますけど……。じゃあテトが2ヶ月前に持ってきた萎びたりんごと、ちょっとカビの生えた干し肉しかないですけど」
「そっちにしてくれ」
俺は即答した。
あれだけは駄目だ。
もう、細胞レベルで受け付けない不味さなんだ。
俺はこいつの爺さんを、誰より尊敬している。
だけどアレだけは認めねえ。
オッパイ大根は、ゲテモノだ。




