スチームヴァンガード
人類が地球という故郷から独り立ちして早数千年。惑星間航行技術の発達と、テラフォーミング技術の進化により人類があらゆる惑星にその根を張り始めた新時代。
そんな時代に、ある惑星では人類を取り巻く大きな問題が発生していた。
惑星の名はFORST。海こそ無いものの、巨大な河と森、そして岩によって形成された緑の惑星。
天文学的数値の確率でしか存在しないとされていた、地球と良く似た惑星に人類は挙って入植しようと集まって来た。
だが、入植後しばらくして、この星に悪魔が現れた。
「奴等だ!! やつらが来たッ!!」
「観測チームは何をやってるんだ!?」
響く銃声、轟く雷鳴。
彼らは電気であり、雷であり、稲妻だった。人類の進歩を支えてきた電気は全て彼らの餌であり、形を持たない彼らには人類のあらゆる攻撃が通用しなかった。
「くっ、くる――」
「あ、ああ!?」
「やめれ――」
「誰かッ、誰かぁっ!?」
絶望。規格外過ぎる敵の存在に、製造不可能な物資などの交易が行われること以外外部からの接触が断たれた人類だが、そんな彼らに一筋の希望が芽生えた。
「あっ!!」
「坊や、早く――」
「お母さん!! あれ見て!!」
「――あっ!?」
それは巨人。大地を駆け、人類を護る鋼鉄の守護神。
彼らの名は――
「スチームヴァンガード……ッ!!」
「ここが私の――」
FORST東に位置する大陸、アズラウド。その一大防衛拠点であるアズラウド防衛基地。その一室の前で一人の少女が立っていた。
カーキ色の分厚い装甲板の張り付けられた装甲服と膨らんだ腰側部と関節部が特徴的な戦闘服を身に着けた少女。彼女は今日からこのアズラウド防衛基地で働くことになっているヴァンガードパイロットの一人だった。
「おはようございます!! 本日付で第五班所属となりました、ミノリ・カハラです!! って、あれ?」
第五班と書かれたプレートが雑に張り付けられた扉を開き元気よく頭を下げて挨拶する彼女であったが、すぐに違和感を感じて顔を上げた。
彼女の視線の先、まるで倉庫のような雑多な事務室の中には誰も居ない。出動の話もないし、キチンと自分がこの時間に来るという事を説明されているはずなのだが。
首を傾げる彼女の後ろから廊下を踏みしめる金属音が響く。誰か来たらしい。彼女は急いで振り返り廊下の人に第五班のことを尋ねようとして――
「ヒッ!?」
腰を抜かさなかったのは日ごろの訓練の御蔭だろう。
彼女が振り返った先に居たのは壁。その壁の正体は二メートルはあるかという身長の大男。浅黒い肌を白いタンクトップで包んだ彼を見上げて悲鳴を上げてしまう。
「お嬢さん」
図体に違わぬ堀の深い顔と地獄から響くような低い声が彼女に近づく。
突然の事態に思考が追いつかない彼女はあわあわと口を戦慄かせる。
「第五班に何か用かな?」
「わわわ――ふへ? だ、第五班?」
怖い。とてつもなく怖いのだが、彼の言葉にがくがくと足を震わせながら彼女は尋ねた。
「あ、あのー、もしかして、第五班の方ですか?」
「うん。僕の名前はアルフレッド。第五班の専属メカニックマンだよ」
「めか――え?」
メカニックマン? これが? 自分の着こんでいるような簡易アムスーツ程度ならスクラップに出来そうな筋肉が、メカニック? 自分の頭くらいなら平気で握りつぶしそうな掌を見て嘘だ嘘だと心の中で叫びながら表面上は平静を装って彼女は言った。
「僕ってそんなにメカニックに――」
「あ、あの!! 今日から配属になりましたミノリ・カハラ少尉です!!」
「ああ、君が例の新人君だね。僕はアルフレッド・ミューマン特務大尉です。よろしくね、少尉」
「よろしくお願いします特務大尉ど――特務大尉ィ!?」
特務大尉――それは正規軍学校の整備兵科でも特に成績の優秀であった生徒にのみ与えられる称号であり、出世頭、エリートコースど真ん中をひた走るエリート中のエリートだ。
そんな人物に対してなんて反応を、と彼女が慌てて敬礼して謝罪しようとするがそれより先に朗らかに笑いながら彼が言う。
「あはは、よく驚かれるし気にしないで良いよ。最近は驚かれるのが楽しみでさ」
「は、はあ……」
「ああ、他の第五班の人だね。ついてきて」
「あ、はい!!」
そう言って歩き出す彼の背中を見送りそうになって、彼女は慌ててその背中を追いかけるのであった。
「――わぁ」
その光景を見て思わず感嘆の息を漏らしてしまう彼女。
彼女がアルフレッドに連れられてやって来たのは格納庫。スチームヴァンガードの格納庫だ。
アルフレッドが先々歩いていくのに対し、彼女は思わず四方八方に鎮座する人類の守護者たる巨人たちを見上げてはため息を吐く。
「好きかい? スチームヴァンガード」
「ええ、勿論ですッ!!」
隣から聞こえてきた声に興奮気味に言う彼女。
「どんなところが好きなんだい?」
「そりゃあもう、大地を踏みしめる足、掴み取る腕!! お腹の底に響くような重低音に、人類の盾たるその姿!! 燃えない筈がないですよ!!」
グッと拳を握りしめて彼女は叫ぶ。
「この、第三世代スチームヴァンガード、TND-D-1824【トルネード】とか良いですよねッ!! 史上初のダブルタービンシステムを採用した傑作機!! 機構が複雑で整備が難しい上に製造コストがかかった為に後発のTND-T-1845【タイフーン】に後を譲っちゃいましたけど、当時のスチームヴァンガードの中でも一番パワーがあって図体がデカい――浪漫です!!」
「ほほう?」
「こっちは第一世代スチームヴァンガード、GMS-121【ファイアーマン】ですよね!! 循環パイプがむき出しになっているのが特徴的で、全体的に丸っこい球体装甲なのも特徴ですね。第一世代ながらも整備のしやすさが特徴だった機体です」
「ほほほう? じゃあお嬢ちゃん――こいつはどうだい?」
「そうそうそうそう!! この子ですよこの子!! 私この子大好きなんですよッ!! NSV-01【カグツチ】!! 箱型と言っても過言ではない全身角ばったずんぐりむっくりな図体!! 背部からむき出しとなった煙突がもう――堪りませんッ!! その全体で余裕のあるデザインから後々様々な発展機体が開発されることとなり、またその整備のしやすさ、安定性から信頼も厚いスチームヴァンガードですが、一番好きなのは――」
「限界開放機能」
「ィイイエッス!! そうですよ!! この如月重工製スチームヴァンガードにのみ搭載された機能、限界開放!! もう――最ッ高ッ!! 放熱板がむき出しになるところとかもうそれだけで御飯三杯いけますねッ!! ……ただまあ、蒸気機関の出力と熱処理の関係上連続稼働時間が少ないってのが問題でしたから今ではどこも使用してないですけどね」
「そればっかりは仕方ない。だって何十年前の機体だよ?」
「あ、あっちはDELK-28-12【シェンロン】じゃないですか!!」
まるでスチームヴァンガードの万国博覧会みたいです!! 興奮止まぬ彼女は次々に黄色い悲鳴をあげるのだが、その途中でふと気が付いた。
今まで見てきたスチームヴァンガードたちであるが、なぜか全機共通してどこかのパーツや内部機構が無くなっているのだ。
何故だろう? 首をかしげていると彼女に向かって声がかかる。
「お嬢ちゃん、こっちに来なさい。良いもの見せてあげるよ」
「ほんとうですか!?」
その声に導かれるまま彼女は守護神たちの間を歩いて行き――そして彼と出逢った。
「あ――」
「どうだい? こいつは」
不敵な笑みを浮かべる女性だが、彼女はそんな子細なことは目に入らない。今の彼女の眼に映るのは、この機体だけ。
鮮やかな赤色の装甲。角ばった装甲が多いモノのどこか人間味のある装甲。そして何より特徴的なのは、一本角が特徴的な頭部と緑色の一対の瞳、そしてキュッと閉じられた口だ。
全長十五メートル。第五世代スチームヴァンガード最高峰とも名高い機体。
公開当時の会見、旧世紀の日本のロボットアニメに出てくる主人公機体のようなヒロイックな見た目を見て、ふざけているのかと怒る軍関係者に対して如月重工関係者全員が放った、格好良くて何が悪いッ!! という言葉と、最終的に五機しか製造されなかったという事実から伝説となった機体。
「NSV-EX【ヒノカグツチ】!!」
伝説――その実物を見て子供のように瞳を輝かせる彼女であったが、待てよと冷静になってヒノカグツチを観察する。
雑誌や資料を読み漁ったからこそ分かる、違和感。そう、このヒノカグツチは何かがおかしい。その違和感に目を細める彼女は気が付いた。
「あれ、装甲が――」
「納品分だけじゃ賄いきれないからね、他のスチームヴァンガードから装甲とか放熱板とか引っ張って来てるのさ。宛らNSV-EX-C【ヒノカグツチ改】ってところだね」
「ヒノカグツチ改――」
なんと、何と好い響きなのだろうか。うっとりとしながらヒノカグツチ改を眺める彼女。
「ああ、ここに居たんですかカハラさん!!」
「あ、ミューマン特務大尉ッ!? ご、ごめんなさい!!」
「はぐれたのかと思って探したんだよ。でもよかった、隊長と一緒で」
「――隊長?」
ギギギ、と油を指し忘れた機械のような動きで首を回す彼女。
隊長――というと、該当する人間は一人しかいない。
「第五班隊長、エレン・ロックフィールド大佐だ。よろしく頼むよ? ミノリ・カハラ少尉?」
胸元が開き、スポーツブラと深い谷間が丸出しの油濡れのツナギを着た妙齢の女性が悪戯小僧のように二ヒヒと笑った。
「あ、あの、その、も、申し訳ありませんでしたァ!!」
第五班事務室にてミノリはエレンに向かって頭を下げていた。
知らなかったとはいえあの所業。最悪首が飛んでも仕方がない。冷や汗をかく彼女に対し、エレンは豪快に笑いながら言う。
「いやー、新型乗りって言うからどんな糞野郎かと思ってたけどこんなかわいい子だとはねぇ」
「むっ、私はそんなことしませんッ!!」
「冗談さ」
新型乗り、そう言われミノリは思わず頬を膨らませた。
確かに自分は最新型スチームヴァンガード――否、スチームヴァンガードに代わる新たな人型兵器、ウォードマキナの搭乗者だ。だが、だからと言って前任者にして人類の守護神、その象徴たるスチームヴァンガードのことを馬鹿にするなんてとんでもない。
「ああそうだ、まだ他の奴らを紹介してなかったね。アル!」
「はい。カハラさん、こちらが――」
「スポッターのケイン・ヨルフェン一等兵っす。よろしく!!」
金髪の眩しい元気印、太陽のような笑顔を浮かべて軽く手を挙げるケイン。よろしくお願いしますと頭を下げるが、ミノリは彼の言葉に眉をひそめた。
スポッター、それは確か――
「で、こっちが僕と同じくスチームヴァンガードの整備を行ってる」
「ミラー・ヨーレン。よろしく」
次に紹介されたのは、こちらも筋肉ムキムキなガチムチの男性。短髪と彫りの深い顔、アルフレッドと並ぶと暑苦しさ倍増だ。
「あとは家のエースパイロットが――」
「おはようさーん」
「お、来たみたいだね」
エースパイロット、そう言われて胸高鳴らせない人は居ない。
勿論彼女もその一人であり、この第五班のエース――つまりストームヴァンガードヒノカグツチ改の登場者とは一体どのような人なのか。
きっと品行清楚で正義感の強い人に違いない。振り返った彼女の期待は裏切られる。
「あんた、またそんな格好して」
「良いだろ別に」
ペンペンと無造作に跳ねたぼさぼさな髪に半開きの死んだ魚のような目。猫背で丸まった背中。髭こそ剃っているようだが、それ以外全く何も評価しようがない姿。
「ジョウさん、こちら新しく入った――」
「ああ、ウォードマキナ乗りのミノリ・カハラだろ、知ってる。んぁー、これで俺もお役御免かぁ」
「ははは、冗談は顔だけにしてくださいよ」
「お前、俺のこと不細工って言ってない?」
「いえいえ、相変わらず個性的だなと」
「……待ちか? ツッコミ待ちなのか?」
ぐだぐだと会話を始めるアルフレッドとジョウと呼ばれた人物。あまりの衝撃に放心していたミノリは慌てて彼に声をかける。
「あ、あの!! 私は――」
「あー、俺はジョウ・キセキ。階級は中佐、日本語に直せば木関丈。お前と同じ日本系。これからよろしく頼むな少尉」
それじゃあ俺寝るわ、などと言い放ち自分の席と思わしき椅子に腰掛ける彼。
あまりの態度に憤慨するミノリは一言文句を言ってやろうと口を開き、そこからサイレンが鳴り響いた。
「各員配置!!」
「ミノリさん、まだ教えてない人居るけどとりあえずハンガーに向かって」
「え、え? あの、もしかして――」
「襲撃だ! 頼んだよ新入り!」
「は、はいっ!!」
エレンの言葉に敬礼で答えるミノリ。
出撃だ、皆に続いて部屋を出ようとした彼女はそう言えばと部屋の中を見回した。
「あれ?」
「なにやってんだい!! 急いだ急いだッ!!」
「はいっ!!」
踵を返して走るミノリ。
彼女の眼に映し出されたのは、背もたれにかけられた上着だけであった。
『リンク確認。網膜投影……チェック』
補助AIの音声に答えながらミノリは大きく深呼吸する。
訓練学校を出て初めての実戦。緊張で腕が震える。大丈夫、大丈夫と心を落ち着け、チェストプレート越しに御守りに手を当てる。
『大丈夫ですか? 少尉』
「大丈夫ですアルフレッドさん! 元気です!」
『それだけ元気なら大丈夫ですね 』
アルフレッドは笑いながら戦況をミノリに伝える。
『現在、エリアΒ2-1で稲妻級三体と第一班、第二班が交戦中です。内包囲を抜けた一体がベースに向けて進行中。スポッターが足止めをしていますがそう保たないでしょう』
「分かりました。燃焼率、炉心出力共に安定。ウォードマキナ【フレイア】ミノリ・カハラ出ます!!」
カタパルトが巨人を乗せて走り出す。加速によって速度計が振り切れ、そして巨人が空を翔ぶ。
『エリア到着まであと二分――』
「ところで、あの人は何をやってるんですか?」
『あの人、というとジョウさんですか?』
「はい。だってエースなんでしょう?」
稲妻級が迫っているというのにスチームヴァンガードが投入されない筈がない。だが、戦況情報を確認した限りではスチームヴァンガードの影はなかった。
『スチームヴァンガードは起動が遅くなってしまいますから、その時間彼にはスポッターとして働いてもらってるんですよ』
「――はあ!?」
アルフレッドの言葉にミノリは思わず目を剥いて叫んだ。
スチームヴァンガードの起動――つまり、スチームヴァンガードの魂とも呼べる炉心を停止させたというのかこの人は。
「スチームヴァンガードは奴らとの戦闘に備えて常に火を灯し続けるって言う防衛規定はどうなったんですか!?」
『最近は|不定形電磁瓦斯状生命体(UEGO)の襲撃も減りましたし、ウォードマキナの台頭もあってスチームヴァンガードを維持するのを嫌ってるんですよねぇ』
undefined electromagnetic gaseous organismal、UEGO。不定形電磁瓦斯状生命体と呼ばれる奴らは、この星の原生生物と思わしき存在であり、人類の天敵である。
確かに入植当初と比べてUEGOの襲撃率は低下しているし、スチームヴァンガードの維持コストを考えればあらゆる要素でそれを上回り補うウォードマキナが歓迎されるのは当然といえば当然だ。
「でも、極端すぎじゃないですかそれッ!!」
『あー、どうでもいいから早く来てくんねぇかな』
「あ、え!?」
『ジョウさん、どうですか?』
『核の確認はできたが、撃破は無理だな。何とか気を逸らそうとグレネード投げ込んでるが効果無し。現在B2-1を南西方向に進行中だ』
『聞こえましたか?』
「はい!」
操縦ペダルを踏み込み機体を傾けて方向を調整――見えた。
「おっきいっ!?」
『誰が言い出したのか知らねえが、明らかに稲妻級じゃなくて雷級だ。核が三つあってこの大きさだってのに』
何やってんだか、という呟きと共に稲妻級――否、雷級UEGOの胸元で爆発。身体が吹き飛ばされるがすぐに何事もなかったかのように行動を開始する。
『着地まで残り5……』
『あとは任せるぜ、新入り』
「はいッ!!」
誰よりも早く前線に出て、UEGOの観測と攻撃による誘導を行う役割を持つスポッター。ジョウはミノリが地面に着地したことを確認して蒸気バギーで戦線を離脱し始める。
ここからは巨人と怪獣の戦い。その中に生身の人間が居ては戦いの邪魔になるだけだ。
「これが――雷級ッ!!」
ウォードマキナは全長七メートル。対する雷級は十メートルは下らないだろう。
十字架のような形の身体を揺すり浮遊するUEGO。ミノリは肩甲に取り付けられた滑車式武装連結機からウォードマキナ専用マシンガンを受け取り腰だめに、ゆっくりと移動するUEGOに銃口を向ける。
「大丈夫、訓練通りやれば大丈夫――」
祈るように、念じるように呟きながら右操縦幹の引き金に人差し指をかけ――引いた。
単調なリズムが空間に鳴り響き、鋼鉄の弾丸がVEGOの背中を抉り吹き飛ばす。
その穴は徐々に大きくなっていくが、その穴が広がりきる前に彼女に向かって何かが放たれる。
『警告、警告』
「っくぅっ!?」
射撃に夢中になっていたミノリは補助AIの警告に反応しきれずにまともにその攻撃をくらってしまう。
機体が弾き飛ばされ、地面に転がり落ちようとするが姿勢制御装置が作動、脚部噴射機構が連動して機体の転倒を防ぐ。
「いったッ」
衝撃に揺れるコックピットの中で歯を食いしばる。キッと気丈に顔を上げ、UEGOを睨み付けた。
十字架のような角ばった藍色の身体に、頭部、そして胸部と思われる場所に存在する深紅の宝玉――核。その両腕からは鞭のような触手が何本も延びている。
生物ではありえない、だが無機質ではない存在。
「核さえ撃ち抜けばッ!!」
頭部の核に照準を合わせ引き金を引く。吐き出される弾丸は大きく散らばりながら核に殺到。核の周囲の身体を掻き消しながら核に突き刺さる。
着弾判定、だがマシンガンの火力では身体を減衰させることはできてもダメージには至っていない。
「うわっ!?」
『警告、肩部ダメージ上昇』
風を切り裂く音が聞こえたと感じた瞬間、構えていた肩に鞭がぶつかる。
人間の眼に捉えきれない速度。急いで構えを解き腰部噴射機構と踵部無限軌道を全力稼働、後退しようとするミノリに対し触手をゆっくりと振り上げ――
「くっぅッ!?」
防げたのは奇跡だ。交差させた腕にはしる衝撃。倒れそうになる身体を噴射機構で何とか保つ。しかし、一度始まった攻撃は止まることを知らない。
次々と放たれる触手の雨に曝され、攻撃はおろか移動すらも許されない。コックピット内に警報音が鳴り響き、警告ランプが視界を染める。
耳障りな音と不快な色。恐怖が彼女を飲み込もうとその口を開ける。
「うっ……ワァアアアッ!!」
それは恐怖からの反射だった。死にたくない、その一心で我武者羅に振るった腕は偶然にもUGEOの触手を掴むことに成功する。
そこからは必死だった。マシンガンを投げ捨て右腕を叩き付ける。技術も何もない、単純に金属の棒を振り上げ振り下ろすという原始的な攻撃。何万馬力という力で鋼鉄の塊を叩き付けられるなんて堪ったものではないようで、UEGOは苦悶の咆哮のようなものを発しながら巨人を引き剥がそうとその背中に鞭を振るう。
背面装甲に損傷。露出した機関部以外は全身要塞と言えるほど堅牢なスチームヴァンガードと違い、前面に装甲が集中しているウォードマキナにとって背面装甲の損傷は致命的。だが今の彼女にはその警報の内容を理解するだけの判断力は残っていなかった。
金属音が悲鳴のように響くが、どれだけ叩こうと突こうと己の身体から離れようとしない巨人に業を煮やしたのだろう、UEGOは触手を叩き付けるのではなく急に機体に巻き付け始める。
「なにっ!? 離せッ、はなせぇええッ!!」
もがく巨人。だが、どれだけもがいても叫んでもUEGOの触手は機体を離すことはない。
万力のような力をもって徐々に持ち上げられる機体。装甲があげる悲鳴がコックピット内に響き、彼女の視界に砂嵐が吹き荒れる。
乱れる視界の中、掲げられた巨人の鼻先にUEGOの顔。
「ヒッ!?」
十字架の上部分にある核を覗き込むように機体に近づけるUEGO。視界一杯に広がる赤と、まるで観察するような動きにミノリは反射的に操縦幹から手を離して顔を庇うように手を挙げてしまう。そしてこれが致命的であった。
「あ――」
電撃。電磁生命体の名に恥じぬ高圧電流が機体の中で暴れまわる。
本来なら数々の対電処理によってダメージが抑えられる筈のそれは、彼女の無茶な攻撃による機体へのダメージによって何の妨害も受けることなく好き放題に彼女の身体に牙を剥く。
いくら戦闘用強化服が電気を遮断するといってもUEGOの電力がほぼそのまま襲い掛かるのだ。身体中を突き抜ける激痛と狂ったように点滅する視界に自分がどうなっているか分からない。
気絶しているのかしていないのか、天地がそこにあるのか、生きているのか、死んでいるのか。
恐ろしい電撃を受けて尚、運がよかったのだろう。数回の電撃で抵抗を止めた獲物に興味を失ったらしいUEGOは機体を放り投げる。
「かっ――ッ!? っぁ、いき、て」
流石は最新鋭の機体と言ったところか。どれだけ電気の猛威に曝されてもまだ機能停止には陥っていないらしく半分死んだ視界の中に大破を表すステータス画面が表示される。
生きている。急いで動かなければ。そう考えそれを実行しようとしたところで、彼女の言葉が途切れてしまう。
振り上げられた触手。先端が針のようにとがったそれが向かう先など火を見るよりも明らかだ。
走馬灯など流れるはずもない。あるのはただ、あ、死んだ、という呆気なさすらも感じる虚無。
だが――
『ォオオオラァッッ!!』
触手を突き放つ瞬間、UEGOの身体を炎が吹き飛ばす。
『おい、無事かっ!!』
「――あ?」
『通信が死んでんのか? いや、まあいい。とりあえずこいつをぶっ飛ばさねえとな……』
全長十七メートル。燃える炎の巨人。人類の守護神。スチームヴァンガードヒノカグツチ改が彼女に背を向け腕を組んで吼えた。
『せっかく入ってきた後発を、死なせてたまるかよッ!!』
覚悟しろこの野郎ッ!! 彼の咆哮と共に巨人が吼えた。
ヒノカグツチ改の肩甲、腰から伸びる排煙機構が黒煙を発し巨人が動き出す。
ウォードマキナからすれば巨大なUEGOであるが、スチームヴァンガードと比較すれば明らかにこちらのほうが大きい。頼もしい背中はそのまま圧倒的な破壊力へと直結する。
「ッゼェアッ!!」
複数ある操縦幹の一つ、半円形のレールに繋がれたそれを思い切り押し込むジョウ。連動してヒノカグツチ改が右腕を引き絞り、弓のように打ち放つ。大地を抉り飛ばす踏み込みと共に放たれる右ストレート。それをまともに顔面に喰らったUEGOは堪らず体勢を崩し転倒。倒れた身体にヒノカグツチ改が伸し掛かる。
馬乗りとなったヒノカグツチ改が右、左と拳を頭部の核に振り下ろす。重力によって倍加された攻撃力が余すことなくUEGOの核に叩き込まれ、UEGOが苦悶の悲鳴をあげる。
UEGOは必死の抵抗として何度も触手を振るうのだが、スチームヴァンガードの無駄に堅牢な装甲を前に傷つけることこそできても破壊には至らない。
「――ちっ、ったくよぉ!」
映し出される戦闘映像の中に混じる文字。炉心出力低下を表す表示を見て舌打ちした彼はUEGOに拳を叩き込みながら急いで右側面のコンソールのスイッチを押し各出力パイプとタービンの出力を変更、股の間にあるレバーに手を掛け引き上げる。
どうやら基地からここまで全力稼働させたせいで出力低下を起こしているらしい。
まずったなと心の中で呟きつつ炉心出力を確認。石炭が補充され炉心出力が上昇する。
本来ならスチームヴァンガードを操縦する操縦士と炉心出力の確認や索敵、通信などを行う補助操縦士のツーマンセルが基本となるスチームヴァンガードの操縦であるが、それを彼はたった一人ですべてこなしているのだ。
「ぬお!? んの野郎ッ!!」
攻撃の手が緩んだとみて脱出を試みたUEGOは、身体を自ら霧散させることでヒノカグツチ改の下から抜け出すことに成功。振り下ろした拳が空を切り地面に突き刺さったことでそれに気づいたジョウは急いで拳を引き抜き背後に居るUEGOに攻撃しようとするも、それより触手が動くのが早い。
UEGOが動く――より先に触手を展開している右腕の核が爆発。甲高い悲鳴とともにUEGOの右腕が消滅する。
「ボクを――忘れるなァ!!」
身体の各部位から煙を吹き出しながらも膝立ちとなったフレイア、その手にあるのはマシンガン。銃口の下に取り付けられた対核徹甲榴弾発射口が白煙を上げているのが見える。
どうやらヒノカグツチ改が戦闘を行っている間に武器をとりタイミングを窺っていたようだ。UEGOの無敵の身体が減少するこの瞬間を。
「よくやった新入りィッ!!」
頭を垂れ悶え苦しむUEGOにヒノカグツチ改が迫る。
ピストンが高速稼働。歯車同士がガチッと噛み合い彼が操縦幹を握りしめレールが火花を散らす。右前腕部の装甲が膨れ上がり、拳が一瞬沈み込む。
顔面に穿ち込まれる拳。インパクトの瞬間膨れ上がった装甲が勢いよく閉じ、衝撃がUEGOの身体を吹き飛ばす。
ショックウェイブバンカー。対UEGO用近接格闘兵装が発動したのだ。
罅が入っていた核は呆気なく塵となり、頭部どころか身体の半分が円形に穿たれる。
だが、まだ終わったわけではない。微かに残った左腕。その触手が放たれるよりも早く、ヒノカグツチ改の左腕が核を鷲掴みにし――握りつぶした。
戦闘終了。後に残るのは穿たれた大地と抉れた草木のみであった。
「はぁぁ……」
戦闘終了後しばらく、ミノリは格納庫の手すりに寄りかかり大きな大きなため息を吐いていた。
それも仕方ない事だろう。いくら初陣とはいえ最新鋭機をものの見事に破壊してしまったのだから。
「ああああ」
考えたくないと頭を抱えて声を漏らす彼女。最初はそんな彼女を心配そうに眺めていた整備班の人々は、もうかれこれ一時間はこうしている彼女に呆れたように苦笑いして気にしないフリをしてあげる。
「うひぃ!?」
「よう、お疲れさん」
頬に触れる冷たい感触に悲鳴を上げて跳びあがるミノリ。
彼女の反応が面白かったのだろう、くくくっ、とかみ殺すように笑いながら彼――ジョウ・キセキが彼女に右手のボトルを差し出す。
「え? あ、ありがとうございます」
「派手にやらかしたな」
彼女に視線を向けず、装甲の取り換えと内部機関の補修のためにフレームを残して丸裸にされたウォードマキナ【フレイア】を見上げて彼は言う。
何か違和感がある。一瞬彼が誰か分からなかった彼女はその横顔を見て彼女は気づいた。
「あ、髭……」
「ああ? ああ、流石に戦闘に入るときには剃るさ」
そこまで怠けられねえしな、そう言いながら首を回す。
「しかし、装甲全損、背面装甲に関しては全部とっ変えなきゃいけねえし、機関部の電子パーツも幾つも吹っ飛んでると来た。同期の第一班や第二班の連中は普通に戦えてんのに、どうしてそうなのかねぇ」
「うぅ……」
ぐぅの音も出ないとはこのことか。穴があったら入りたいと頭を抱えて唸る彼女を見て彼はカラカラと笑う。
確かに戦闘は無様極まりなかった。これならまだ一般上がりの新兵の方がいい仕事をするだろう。
「だが、最後の一発、あれは良かった。ナイスガッツだ、少尉」
「……え?」
「つうわけで明日から改めてよろしく頼むぜ、新入り?」
ニヤリと笑い背中を向けるジョウ。
唖然となってその背中を見送りそうになるミノリであったが、言われた言葉の意味を理解して彼女は慌てて気を付けの姿勢となると腰を九十度曲げて叫んだ。
「これからよろしくお願いしますッ!!」
右手に持ち替えたボトルをちゃぷちゃぷと振ってその声に応じる彼。
それから数秒ほど同じ姿勢で頭を下げていたミノリは自分のフレイアに向き直り、よぉし、頑張るぞォッ!! と拳を握りしめて気合を入れなおす。
後日、報告書製作や出頭命令によってこの気合が全て燃えカスになってしまうことを今の彼女は知らないのであった。
なろう作家の方から受けとったネタを許可を貰って小説化。短編にしましたが、わりと気に入ってるのでいつか連載にするかもしれない。
簡単な設定
主人公
ミノリ・カハラ:ヒロイン。新型兵器ウォードマキナの搭乗者。明るく元気だが、何やら影がある一面も? 過去に色々あったらしい。尚、仕事中などは一人称私だが、プライベートではボクという一人称に変化する。
ジョウ・キセキ:ヒーロー。スチームヴァンガード、ヒノカグツチ改を駆る歴戦の勇士。年齢はなんと二十八。普段はダルダルのゆるゆるで戦闘時も結構冷静なタイプだが、スイッチオンで過激に。周囲からは思春期の子供がそのまま大人になった奴と言われることもある。
スチームヴァンガード:対UEGO用に開発された人型兵器。おっきい。イメージとしては某ハリウッド映画や地球防衛企業を参照。なんちゃって科学の結晶。
ウォードマキナ:対UEGO用に新規開発された人型兵器。リアルロボット系。Gダムとかそこらへん。木炭瓦斯を使った内燃機関って設定だけどただの木炭瓦斯だとどうしようもないのでなんちゃって科学で魔改造してる。
UEGO:不定形電磁瓦斯生命体、 undefined electromagnetic gaseous organismal。惑星Forestの原生生物である。
核を中心としてその存在を保っており、電気を食べて生きていると考えられている。
入植当時人類側は生活の全てを電気に頼っていたためUEGOの存在はまさに脅威であった。UEGOたちは不定形、そして瓦斯生命体という名の通りその身体は実際は瓦斯のような物質の塊でしかなく、彼らに対してあらゆる物理攻撃は通用しない。更に近づく電子機器は全て機能停止、もしくは機能不全に陥る。このせいで現在Forestは定期的に送られる物資運搬舟以外は基本的に立ち入ることができず、実質他宇宙の人類側と関係が途絶している状態である。
核だけは物理攻撃が通用するのでダメージを与えることは可能だが、それでも人類の持つ通常兵器ではダメージを与えることはできない。彼らに対してダメージを与えるにはまずその身体を構成している瓦斯を払い、核の保護を無くしてから攻撃をする必要があるのだが、ミサイルなどをどれだけ使っても核の破壊に至る例は非常に少なく、Forestに入植した人類は絶滅の危機に瀕していた。
しかし、スチームヴァンガードの存在がその全てを変えた。
Forestで手に入る物質、そして電気駆動しないスチームヴァンガードはUEGOの能力の影響を受けない唯一の存在であり、更に大地に脚をつけて戦うスチームヴァンガードはある種の避雷針やアースのような存在であり、これによってUEGOに触れ、その身体にダメージを与えることができるのである。