第96話:サザーランド王都17
ニックは殴られた左の頬に触れ顎を動かしながら立ち上がる。
オーカスはニックの体を支えながら言った。
「私を子ども扱いしないで下さい。私はそこまでラグに守られなければならないほど弱くありません」
ニックは言い合いをしているラグとオーカスの間に入った。
「ちょっと待って。大きな誤解をしてる。俺はこの子より、あんたのほうが好みなんだ」
オーカスを下がらせてラグの前に立った。
ラグの怒りは一気に頂点に達した。
「貴様!」
ラグはまた拳を繰り出す。
今度のニックは、ラグの拳を右手のみで掴んで受け止めた。余裕のあるニヒルな笑顔を浮かべて、瞳はラグを愛しそうに見つめている。男口調だが、先ほど殴られた左頬を押さえている仕草は女っぽい。
「恰好いい人に惚れちゃうのは仕様が無いでしょ。そのハンサムな顔と逞しい体で、俺の前に現れたあんたが悪い」
その横でオーカスが驚きの声を上げた。
「ラグが好み! ええぇぇ!!」
ニックは赤い髪を揺らし、緑の瞳でにっこりとする。
「俺は、あんたみたいなワイルドな男が好みな訳」
ラグはニックに掴まれた拳を振り払った。身を翻して去って行く。
「オーカス。帰るぞ。薄気味悪い奴に構ってられるか」
「あ、はい」
オーカスはニックを見るがすぐにラグを追いかけて行く。
ニックが触れている左頬が淡く光り腫れが治っていく。魔法でラグに殴られた頬を治療したようだ。顎を動かして腫れのひき具合を確認すると、去って行くラグとオーカスに言った。
「連中は、居所を突き止めた。宿に戻ったらすぐに旅立つんだ」
オーカスとラグは立ち止まる。
「お前は一体――」
ラグは振り返るが、もうそこにニックの姿はなかった。
オーカスは、ニックの立っていた場所を見つめながら言った。
「音も立てず、足跡も残さずに消えてしまうなんて、ただのガイドではなさそうですね」
「敵か味方か分からんが、とにかくあいつが言ったとおり急いで戻るぞ」
「はい」
ラグとオーカスは、急いで宿に向った。