第9話:ラグ2
コトック邸の全焼によって既に亡くなっているかもしれない英雄ラーグを探し、その徒労で疲れているオーカスのテーブルに食事が届く。西にある夕日は半分ほど沈んでいるので夕食といったところか。
オーカスは腕のだるさを感じながらフォークを掴んで食事を摂っていると、カウンターで飲んでいた男が急に騒ぎ出した。
「俺は知ってるぞ。ユーフォリアに眠る秘宝は絶世の美女だ。俺はかみさんを捨てて秘宝と寝て暮らすんだ」
周りで笑いが起こる。
「秘宝は美女だと? 嘘をつくな! お前のような男は、かみさんで充分だ」
人々は酒が入るといつも秘宝の話題で盛り上がる。
「秘宝はな、若返りの薬なんだよ。俺は秘宝の薬を飲んで、もてていた若い頃に戻るんだ」
「もてただと!? だったらなんでかみさんができないんだよ」
笑いは続く。
「秘宝っていうのは」
「秘宝は」
今度は二人の酔っ払いが同時に言う。言ってから互いの顔を見合わせた。仏頂面で睨み合う。
「俺が先に言う」
「なんだと!? 俺に言わせろ」
酔っ払いは千鳥足で掴み合う。
「生意気な!」
「うるせぇ」
それが取っ組み合いの喧嘩に発展する。
「やれー」
「行けー」
酒場の連中は、喧嘩の仲裁をするどころか喧嘩を煽って楽しんでいる。
オーカスは、テーブルと椅子を店内の隅へ移動させて、見て見ぬ振りをして食事を続ける。
酔っ払いの喧嘩はしだいに激しくなり縺れに縺れて、あのラグが酔い潰れているテーブルに倒れ込んだ。
大きな音と共にテーブルは倒れ、寝ていたラグは床に投げ出される。
喧嘩中の二人の酔っ払いはすぐに起き上がり、床に転がっているラグを気にも留めず喧嘩を続けている。
「俺が先に言うというのが分からんのか?」
「お前はうるせぇんだよ」
取っ組み合いを続ける酔っ払いの横で、ラグは起き上がった。薄目を開けて床にある酒瓶を拾ってくわえるが、中の酒はこぼれてしまっていて入っておらず、ラグは口をへの字に曲げてから酒の瓶を投げ捨てた。両手で顔面を覆い皮膚を縦に伸ばしながら顔を擦ると、床に手をついてふら付きながら立ち上がった。それと同時にラグの腰にある剣の金具が音を立てて鳴る。
オーカスは食事の手を止めてラグを見た。オーカスの剣士としての本能が剣の音に反応したからだ。
ラグは千鳥足で歩み寄り、喧嘩をしている酔っ払いに掴みかかった。
「お前ら。俺の酒をどうしてくれるんだ? あぁ?」
ラグの威勢があったのは最初だけで、ラグは酔っ払いを掴むと目を閉じて抱きつき、相手の肩に顎を乗せてもたれかかる。