第8話:ラグ1
オーカスは、コトック地方の一番東にある田舎町リクナに来ていた。リクナに到着したのは、陽が西に落ちそうな夕方である。
リクナは、東にあるサザーランド国と隣接している。北には戦前貿易で栄えた街アルランドがあったが、1年前の戦争でアルランドの街は壊滅状態となり、サザーランドとの貿易が途絶えている事もあって現在のアルランドは廃墟と化していた。
リクナはアルランドの南に隣接しているが、戦争中はローランとサザーランドの両国に利益をもたらさない田舎町という理由で戦禍を逃れたため町の損傷は無く、戦後の今は人々が集まり賑わいを見せている。
コトック邸の全焼から一週間。鍵探しの旅を続けていたオーカスは、コトック家の英雄と同じ名前を持つ男の噂を聞きつけ、リクナの酒場に来ていた。
オーカスは水を運んできた店の娘にチップとして銅貨を渡し、二枚目の銅貨を見せながら問いかけた。
「ラーグという男が、この店を出入りしていると聞いたのですが、知っていますか?」
娘は左右に三つ網のお下げをしていて10歳くらいでまだ幼い。銅貨に目をやりにっこりとするが、少し考えながら答える。
「ラーグ……。その人か判らないけど、ラグって呼ばれてる人なら、ほら、あそこで酔い潰れてるよ」
オーカスは黙って娘が指さした先を見た。灰色のショートヘアの男がテーブルにある酒の瓶を抱えてうつ伏せになって眠っている。
「ほかは?」
「もうおりません。似た名前のあの人だけです」
それを聞いてオーカスはまたハズレだと思った。
「あの……」
オーカスは娘に呼ばれる。見ると、娘はオーカスが持っている銅貨を指さしている。英雄の噂を聞いてリクナの町に来てみれば、英雄ラーグではなく、ラグという男だったのだが、それでも娘は答えた恩賞として銅貨が欲しいようだ。
「そういえばそうでしたね。それと食事をしたいので何か食べるものを」
オーカスは持っていた銅貨を娘に渡した。
「畏まりました」
娘は銅貨を握ると喜んで立ち去った。
オーカスは旅の疲れでボーッとする意識を保ちながら、酔い潰れて眠っているラグを見た。
この一週間、鍵の手がかりを求めて旅をしているうちに、ラーグと名乗る者は何人かいたが、軍人だの、アルランドで戦った英雄だのと触れ回っていただけで、全ては無銭飲食か金儲けが目的の偽者だった。
今、テーブルの上でだらしなく眠る男もまた噂に聞く英雄ラーグとは正反対の姿。しかも名前はラグときている。
オーカスは思う。今度の男はラーグ本人かどうか確かめる必要もない。この田舎町で一泊して体を休めたら、すぐに旅立とう。と。