第76話:終わりなき痛み2
オーカスの耳に、壁を叩いた音が響き、オーカスはビクついて硬直する。ラグの胸元のはめかけのボタンの間から、胸の筋肉が見え隠れしている。この至近距離で俊足のラグと闘えば、詠唱を必要とする魔法剣士のオーカスは間違いなく負けるだろう。脅されている錯覚に陥り、オーカスは突然心の中に湧いた恐怖心でラグが見れなくなり俯いた。だが、部隊をまとめる現役の隊長としてのプライドもあり、奥歯を噛み締めると再び顔をあげてラグを見た。
ラグはオーカスを見下ろして睨んでいる。オーカスと目が合うと犬歯を見せて大声で言った。
「ラグだ。何度も言わせるな!」
オーカスの青い瞳が怯え始める。
ラグは、ハッと気づいた表情をすると壁から手を放した。オーカスから視線を外してベッドを見る。
「すまない。お前を怖がらせるつもりはなかった」
ラグは、オーカスから離れて、途中だった支度の続きを始めた。
「いえ。私の方こそ、事情を知らずに差し出がましい事を言ってすいませんでした」
ラグは剣を腰に挿しながら言う。
「俺は、英雄のラーグに戻りたくないんだ。戦場で友を失い、家族も守れなかった俺が、王から与えられた英雄の称号を持っているなんて、いい笑い者だからな」
アルランドの英雄と謳われた男も、全てを失ってしまえば気の小さいただの男に成り下がるという事だろうか。
オーカスは、ラグの背中に孤独な英雄の末路を感じて胸を痛めた。
「以前、シーライト将軍も似たような事をおっしゃっていました。王から与えられたマジックナイトの称号は、多くの尊い犠牲を払って得た称号だと」
これがラグの慰めになればと思い、オーカスは言葉を続ける。