第74話:白いテーブルがある庭
ラーグは花々に囲まれた噴水が見える庭にいた。白い椅子に座り、白いテーブルを挟んだ向かいには、異国の服を着た中年の男が座っている。その男がラーグに言った。
『何かと年寄り扱いをするが、私は爺さんではない』
聞いた事がある落ち着いた声と、、ラーグと同じ灰色の髪とアメシスト色の瞳を持つ男性は、賢者コトックのようだ。
ラーグは貴族特有の品のある話し方で返事をした。
「そうでしたか。年寄り扱いをして申し訳ありません」
ラーグの服装は、コトックの伝統に基づいた正装になっている。その服装はどことなく中年の男が着ている異国の服と似ている。
二人が座るテーブルに賢者リーがアフタヌーンティーを持って来た。やはり緑の黒髪は結っておらず腰より長い、耳下の髪の間からは耳たぶと同じ太さで縦長の豪華なイヤリングが見え隠れして賢者リーの動きに合わせて揺れ動いている。彼女はアフタヌーンティーをテーブルに置いて言った。
『カレンは、私と共に賊に立ち向かい勇敢に戦いました。カレンが殺されたあとも、私はカレンのために戦い続けました。コトックの貴方たちが来ても』
賢者リーは、椅子に座りってからカップに紅茶を注いで、賢者コトックとラーグに紅茶を配る。その後、賢者リーは日に焼けていない白い手を動かしティーカップを持ち上げて紅茶を口に含んだ。
『あの時の私は、カレンの死を悲しみ、カレンの家族に降りかかった不幸を呪い、狂っていたのかもしれません』
賢者リーはティーカップを受け皿に戻す。
『私は、貴方のお陰でコトックに会うことができました。何か恩返しがしたいのですが――』
賢者リーは、オニキス色の瞳で同情の眼差しをラーグに送る。
『貴方の苦しみは、どう癒して差し上げればよいのですか?』
「私の苦しみ……」
ラーグは賢者リーが言った言葉を繰り返してから、賢者リーと賢者コトックを交互に見た。
いつの間にか二人の後ろに、顔が焼けただれたオフェーリアと、背中に剣が刺さった部下のジェイローが立っている。
ラーグは思わず立ち上がった。後退りして椅子の背もたれを掴む。いけないことだと分かっていても足は勝手に逃げようとして動く。
「見捨てるつもりはなかった。気付いたら、私一人が生き残っていたんだ」
ラーグの呼吸は早くなる。
「私も、国や家族を守るために、必死に戦ったんだ」
ラーグは、泣きながら叫び始める。激戦を極め多くの者が死んだアルランドの地で助かり生き残ったという幸運が、ラーグにとっては大罪にも等しい杭となって心に刺さっているようだ。そして、アルランドの悪夢にうなされていたラーグを救った妻のオフェーリアも黒い集団に殺されて今はいない。
賢者コトックが錯乱するラーグに言う。
『落ち着きなさい。ラーグ。そんな状態では、また私と意思疎通ができなくなる』
『落ち着くのです。ラーグ』
賢者リーも言う。
ラーグの呼吸は荒いまま続き、自分の膝に力が入らなくて変だと思った時、ラーグは意識を失った。