第68話:リー家の屋敷18
オーカスはラグの腕の中で揺れながら言う。
「ラグ殿。いや、ラーグ殿。私を抱えて走らずとも下ろして下されば、私も自分の足で走りますが?」
「お前の足じゃ遅過ぎる」
ラグの首に手を回して抱きついているオーカスに、ラグは必死の形相で言う。いつの間にか物静かに話す貴族口調のラグは消え、いつもの冷やかしばかりを口にするラグに戻っている。
オーカスはラグの吐く息を身に受けながら言う。
「さっきより体力も回復しておりますので走れると思いますけど」
ラグは瞬間移動をして一番近い窓を潜り草が生い茂る庭に躍り出る。
「だから」
「だから?」
オーカスはラグの腕の中で大きな疑問符を掲げる。
ラグは、また瞬間移動をして噴水の傍に着地する。力いっぱい必死で逃げるラグの声が唸り声になる。
「今からここはぁー、一瞬にしてぇー、燃え尽きるのぉー。俺のぉー、火の鍵のぉー、魔力でぇー」
「ええぇぇ!!」
オーカスが叫んだ瞬間、リー家の屋敷は強烈な光に包まれた。
敷地内のものは一瞬にして燃え尽き、そのあとに起こった爆風ともいえる熱風に押されて、ラグはオーカスを抱えたまま吹っ飛んだ。
熱風は、空気の塊となってラグの背中に直撃する。
ラグは熱風を受けた衝撃で全身の運動神経が一時的に麻痺してしまい、思わず空中でオーカスを手放してしまった。
「うわっ! しまった。すまん。オーカス」
「ちょっと待って。手を離さないで下さぁー」
オーカスは更に勢いがついて、お姫様抱っこの恰好のままラグの前方へ飛んで行った。
ラグとオーカスは、飛ばされた距離は違ったものの、同じ田んぼに突っ込むようにして落ちた。
もちろんオーカスのほうが遠くに飛ばされている。
稲の苗を植えたばかりの田んぼだったため、二人は水浸しの泥まみれの姿になったが、軟らかい泥のお陰で打撲程度の軽傷で済んだのは幸いといえるだろう。