第47話:白い影1
焼けただれて骨が見えている顔、以前は美しかったオフェーリア。
結婚式の時、神の御前で永遠の愛を彼女に捧げると誓ったのに、ラーグはそのオフェーリアから逃げていた。
ラーグが今走っている先に光は無い。黒い闇が続くのみである。
「なぜ私は逃げているのだ。私はオフェーリアを愛しているのに」
ラーグは叫んでから逃げたがっている自分の足の動きを止めた。振り返って追いかけて来るオフェーリアを待つ。
「オフェーリア。もう私は逃げない」
「ラーグ」
オフェーリアはラーグの胸に飛び込んだ。
ラーグは冷たいオフェーリアの体を抱き締める。
「オフェーリア。愛してる」
「ラーグ。私も愛してる」
オフェーリアの顔から滴り落ちている血がラーグの服につく。それでもラーグがオフェーリアを抱き締めていると、今度は地面から手が伸びてきてラーグの足や手を掴んだ。
「副隊長。見捨てないで下さい」
「私たちを置いて行かないで下さい」
無数に伸びてきた手がラーグの体を掴む。手もとても冷たい。成仏できずに苦しむ死者の思いがラーグに伝わるが、その思いは戦いの記憶となってラーグの心を侵食し、忘れたくても忘れられない戦いの惨劇の恐怖に身の毛がよだつのを我慢して、ラーグはオフェーリアを抱きながら言った。
「ああ。置いて行ったりはしない。私はもう恐れない。ずっと皆と一緒にいる」
ラーグの言葉のあと、地面は冷たい沼に変わり、ラーグの体が沼に沈んでいく。
沼から昇る腐敗臭は吐き気がするほど気持ちが悪い。ラーグはオフェーリアの体を強く抱き締めて、顔をオフェーリアの肩に押し当てた。今もなおオフェーリアから仄かにコロンの香りがする。その匂いを吸い込みながら、ラーグは沼の中へと沈んでいった。