第37話:コトック家9
「母上。そんな過去の話、もうどうでもいいじゃないですか。今は、母上が助かる事だけを考えて下さい」
泣きじゃくるラーグの目の前で、キリエラの耳からイヤーカフが落ちた。
キリエラは、床に転がったイヤーカフを拾う。
「鍵が、あなたの所へ行きたかがっているわ。ラーグ」
キリエラは、ラーグの左耳にイヤーカフをつける。
「母上。やめて下さい」
ラーグは、自分の左耳を触ってイヤーカフを取ろうとするが、耳の溝に沿って噛ませてあるだけのイヤーカフが、なぜか取れない。
「母上。どうやって取ればいいのですか?」
キリエラは、ラーグを見ているが返事をしない。
「母上?」
ラーグは、キリエラの肩を掴む。
キリエラは息絶えていた。
「母上……」
ラーグはキリエラの顔に手を置いて、何も映さなくなった瞳を閉じた。
賢者コトックの話は子供の頃から母キリエラがお伽話のように何度も話してくれた。キリエラが火の魔法を使うのも幾度となく見ている。でもそれは料理の時だったり、庭の焚き火だったり、賢者コトックを称える火の祭だったり、ラーグの記憶には平和な場面で火を使う母の姿しかない。そんな母からなんの前振りもなく「コトックの地に住む民を守れ」と鍵を託されても、鍵の継承権から外されて育ったラーグには今後の行動を決定する継承者としての知識がなくてどうする事もできない。そもそもラーグは魔法を使えないのだ。
これからどうすればいいのか? ラーグは助けを求めて無意識にオフェーリアを見てしまう。今まではオフェーリアの助けがあった。首と胴体が離れ息をしていないと分かっていても、オフェーリアがとても恋しい。ラーグは重い体を無理矢理に起こして、ふら付きながら立ち上がった。貧血と目眩で揺れ動くオフェーリアを目指して歩いて行く。




