第36話:コトック家8
「母上。無理です。私は幼い頃から魔法が使えません。母上も、私が鍵の継承権から外されているのはご存知のはずです」
ラーグの涙は止まらずに流れ続けている。
キリエラは、尚も息子を諭すために両手でラーグの頬に触れる。
「いいえ。ラーグ。あなたも私と同じコトックの魔法使い。コトック家の象徴たる灰色の髪と紫の瞳がその証です。私と同じ灰色の髪と紫の瞳を持つ息子。私の大切なラーグ」
キリエラの意識が薄れラーグの頬に触れていた両手が落ちた。
ラーグは、キリエラの体を揺する。
「母上。しっかりして下さい」
キリエラの意識が戻り、ラーグと視線が合ったキリエラは力の無い笑顔を見せる。
ラーグは、キリエラの体を支えながら言う。
「家の魔法器すら使えない私が、なぜ魔法が使えるのですか? 魔法器に触れても魔法は発動しないというのに」
「魔法は私たちの中にあるの。それが、祖先が賢者と呼ばれる由縁。契約により神々から与えられた古の力。現にあなただって、さっき魔法を使って戦っていたでしょ」
「え!?」
「あなたの俊足。フルフォンド・コトックが自ら発動した高温の火の魔法で己の身を焼かないように編み出したという移動魔法、瞬間移動を。気付いていなかったの?」
返事ができないラーグにキリエラは言う。
「無意識に使っていたのね」
キリエラの声が小さくなる。
「あなたは、鍵の継承権から外された訳じゃないの。あなたは賢者コトックの血を引く者の中で、最強の火の魔法使いと呼ばれたフルフォンドと同じだったから、もっとも高温で特殊な火を扱える魔法使いだから、類をみない強大な火の魔力があなたの負担にならないように、主人と相談をして、あなたがフルフォンドの火の魔力を使うその時まで、継承権の話は先送りにしていただけなの。本当はアルランドの英雄として帰って来た時に、鍵の継承権がある事を伝えるはずだった。でも、あなたは心身に大きな傷を負っていて」