第30話:コトック家2
「ラーグも愛する人の手料理を食べたいでしょ?」
「はい。母上」
ラーグは照れながら母親に返事をしてから、隣にいるオフェーリアを見て小声で言った。
「塩辛くないよな?」
「昔は塩辛かったけど、今はそうじゃないわ。昔の話を持ち出すなんて」
オフェーリアはテーブルの下の足を動かして、ラーグの足を踏む。
ラーグは頬を膨らませて踏まれた足の痛みに堪える。
それを見ていたラーグの妹セーラが含み笑いをした。
キリエラは仕返しついでに、夫に冗談半分の小言を言い続けている。
夫はキリエラの口うるささに負けて顔を歪ませた。
「分かった、分かった。私は待ち過ぎてお腹が減って仕方が無い。先に食べるからな」
夫は待ちきれなくて料理に手を伸ばす。
これを切っ掛けに家族団らんの食事が始まった。
ここはコトック邸。コトック地方を統べるコトック家の長が住む屋敷である。
現在の長はキリエラ。姉妹しか生まれなかったため、長女のキリエラは婿をとって結婚したのだ。
婿はもちろんラーグの父で、現在はコトック卿と呼ばれ、知事として地方政策に腕を振るっている。
約1年前の戦争終結後、ラーグは戦いで負った致命傷は完治したものの心の傷までは修復できず、自分の部屋に引き篭もって絶望と共に暮らしていたが、オフェーリアの愛ともいえる献身的な介抱により立ち直り、二十一歳の今は、知事である父の後を継ぐべく地方政府の職に就きながら、オフェーリアと幸せな新婚生活を送っていた。
コトック邸の屋敷には、至る所に壷や毛皮などローラン国王から戦いの功績を称えられて贈られた数々の褒美の品が置かれている。軍人だった頃の父コトック卿への褒美もあるが、大半がローラン国の不利といわれたアルランドの戦いを勝利に導いたラーグへの褒美である。
そんなコトック家の幸せを焼き尽くした全焼の悲劇は、食事が半ば進んだ頃に起きた。
オフェーリアがラーグのグラスにワインを注いでいる時に、屋敷のどこかで大きな爆発音がしたのである。