第24話:悪夢に変わる時
ラーグは声を上げてオフェーリアに泣きついた。
「オフェーリア。もう嫌だ。あんな思いは二度としたくない」
オフェーリアの慰めの声は、救いの女神のように優しくラーグの耳に響く。
ラーグはオフェーリアにすがって暫く泣いていたが、オフェーリアの様子の変化に気付いて顔をあげた。
「オフェーリア?」
見れば、オフェーリアの顔が焼けただれている。特に左の頬から顎にかけては肉が剥がれ落ちてしまって骨が見えている。
「わあぁぁ」
ラーグは悲鳴を上げてオフェーリアを突き放した。
ラーグがベッドから立ち上がった瞬間、ラーグの部屋だった場所は一瞬にして闇の世界に変わった。
オフェーリアは剥き出した歯でしゃべる。
「ラーグ。あんまりだわ。私は、あなたの為に尽くしたのに。あなたはこんなになってしまった私を見捨てるのね」
「違う。オフェーリア。それは誤解だ」
ラーグは、逃げ腰になりながらも震える足を前に出してなんとかオフェーリアに近づいて行くが、近づくにつれ、オフェーリアの顔から血が滴り落ちてドレスが血の色に変わっていく。
「オフェーリア。今行く。何があろうと、私は君を見捨てるつもりはない」
ラーグは、震えながらオフェーリアに手を伸ばす。しかし、今度は地面から無数の手が伸びてきてラーグの足を掴んで邪魔をする。
手は、ラーグの足を掴んでよじ登り、地中からジェイローが這いつくばって出て来た。
「副隊長。私たちを見捨てないで下さい」
ラーグが足を抜こうとするが、無数の手はラーグの足を掴んでなかなか放さない。
ジェイローは背中に剣が刺さった状態で立ち上がりラーグの腕を掴んだ。
「ラーグ。なぜ生き残った? 最後の手段に講じなかったのは、自分だけが生き残るためだったのか?」
ラーグは叫んで弁解する。
「そんなつもりはない。私だって皆と共に必死で戦ったんだ」
オフェーリアがラーグの前に立ち低い声で言う。
「いいえ。あなたは助かった事を喜んでいたわ。そりゃあ、最初は「自分も死にたかった」って泣いていたわ。でも、日が経つにつれて、笑顔が増えてきて「生きていてよかった」って私に言ったじゃない。あの頃のあなたは、亡くなった戦友の事なんて忘れてしまっていたでしょ? そうよ。今だって私の事を忘れようとしてる。違うかしら? ラーグ?」
地面から伸びてくる手は、更に数を増して泣き叫ぶラーグの体や顔に巻きついていく。
ラーグは身動きがとれない状態で叫びまくっている。
「皆を、オフェーリアを、忘れた事など一度も無い! 忘れられるはずがないだろ? 一度死んだ私は、今は死ぬ以上の思いで生きているんだ。どうすれば皆を忘れる事ができるんだ? そんな方法があるなら私が一番知りたい。これほど苦しい思いを抱えている私を、どうして皆は分かってくれないんだ」
オフェーリアは肉が削げ落ちた顔で、身動きがとれなくなったラーグの頬にキスをして、血まみれの全身でラーグに抱きついた。ラーグの顔を愛しそうに見つめ、しかし肉が削げ落ちている左側の顔はラーグを恨めしそうに睨み、ラーグの頬に手を添えて優しく撫ぜながら言う。
「だったら、私を愛して。未来永劫ずっと私を愛して。ラーグ」
オフェーリアとジェイローの体から立ち昇る腐敗臭が、無理矢理にラーグの鼻に入ってきて、ラーグは半狂乱になりながら悲鳴をあげる。
「部隊も、オフェーリアも、見捨てるつもりはなかった。忘れるつもりもないんだ。本当だ。信じてくれ。私を信じてくれ。頼む。頼むから、もう二度と私の前に現れないでくれ」
ラーグは、無数の手に掴まれながら何度も泣き叫んだ。