第23話:オフェーリア
戦争が終わって間も無くの頃。
オフェーリアはコトック邸を訪れた。長い栗毛の巻き毛と華やかなドレスが似合う彼女は、左腕にパイが入った籠を提げている。
「こんにちは。ラーグが戦争から帰って来たって本当ですか?」
「いらっしゃい。オフェーリア。よく来てくれたわ。ラーグは、帰って来てはいるんだけど、辛い戦いだったみたいで、人が変わったようになってしまって部屋に篭もりがちなのよ」
出迎えたキリエラは曇った表情で答える。
「あんなに気を落とした息子を見たのは初めてだわ。どうしたらいいのか分からなくて……。オフェーリア。幼馴染みのあなたが来てくれて本当によかったわ」
オフェーリアの笑顔も曇る。
「アルランドの戦いの噂は、私も聞いています。勝利はしたけど、戦いは激しく相討ちに近い状態だったって。おば様。ラーグの部屋に行ってもいいですか?」
キリエラは両手を差し出して、オフェーリアの籠を提げている左手を握った。
「お願い。あなたの顔を見たらラーグも少しは笑顔を取り戻すと思うから」
「はい」
オフェーリアは急いでラーグの部屋へ行く。
コトック家の屋敷は二階建て。コトック地方を統べる貴族だけあって屋敷の部屋の数も多いのだが、幼い頃からコトック家に通い慣れているオフェーリアは、階段をあがって二階へ行き迷う事なくラーグの部屋へ向かう。
オフェーリアがドアを開けるとラーグは茫然自失の状態でベッドに座っていた。オフェーリアは静かに歩み寄ってラーグの隣に座った。
「ラーグ。私よ」
ラーグはオフェーリアを見る。最初は誰か判らなかったようだが、オフェーリアの顔を見ているうちに無表情が揺れ動いて、ラーグは瞳から涙をこぼした。
「なぜ私は生き残ったんだ? 副隊長として皆を守れなかった私に、王はなぜ英雄の称号と褒美を与えたんだ?」
ラーグは、生き残った代償として、戦いの惨劇という忘れたくても忘れられない記憶を抱えていた。このやつれて人相が変わってしまった彼を誰がアルランドの英雄だと思うのだろうか。
オフェーリアはラーグの手を握る。
「ラーグ。あなた一人だけが苦しいんじゃないわ。戦いで生き残った兵士の誰もが苦しい思いをしているの。一人で悲しまないで。これからは私がついているから」