第22話:リクナの国境4
「はあ!? お前バカじゃないのか。地面の下にも壁はあるんだぞ」
ラグは呆れ顔でオーカスが掘り始めた地面を見ている。
「それは私も分かっています。でも、地中にまでトラップの魔法は仕掛けてないと思うんです。それに魔法センサーも地中までは届いていないはず。だって、それだけ魔力の強い土属性の魔法器を扱える魔法使いは限られていますから、リクナのような田舎町には配属されていないと思うんです」
オーカスは地中の壁に触れてみる。トラップは作動しない。
「ほら、やっぱり」
考え通りだったと笑顔になってラグを見る。
ラグはまだ納得がいかず、オーカスの行動が奇妙な光景にしか見えない。
「こんな所で穴を掘るより、国境の道を突っ走った方が早いだろ?」
「確かに、剣の腕が立つラグ殿が一緒なら、国境の道を突っ走った方が早いでしょうね」
オーカスは穴を掘るのをやめて顔を上げた。一瞬だけ見せた笑顔のあと、オーカスは急に真面目な表情になった。
「しかし、国境の道には監視と税の取り立てのため両国の兵士がいます。突っ走れば両国の兵士との戦いは避けられないでしょう。敵国の兵を切り倒すのは仕方ないとして、ラグ殿は、我がローラン国の兵士を切り倒してサザーランドに入国しなければならないほどの、事情と覚悟があるのですか?」
頭一つ分背の高いラグを見上げるその姿は、小さいながらも威厳をまとった陸の二十一部隊をまとめるオーカス隊長さまさまだ。
そのオーカスに問われて、ラグは返事の代わりに表情を歪ませた。背の低い増してや年下のオーカスに意見を言われてラグが腹を立てるのも仕方が無いのだが、何かに当たり散らすのでもなく、ただ表情を歪ませて黙って立っている。その視線は、オーカスが掘っている穴に向けられていたが、見えているものは別の何かだった。それにしても、ラグが口を閉ざして表情を歪ませる理由はなんだろうか?
オーカスは、ラグの心理状態を心配して言葉を続けるのをやめた。一呼吸置くためにまた穴を掘り始め、ラグの様子を見ながらまた口を開いた。
「この程度の警戒態勢なら、地中で魔法を使っても魔法センサーに感知されずにすむと思うので、もっと穴が深くなったら、私の土魔法で地中の壁に穴を開けて、サザーランド国まで穴を通します。その穴を潜ってサザーランドに入国しましょう」
歪んだラグの表情は今も変わらず、真面目に穴を掘っているオーカスを見ている。
オーカスは、動こうとしないラグに言った。
「早くしないと次の交代の兵士が来てしまいます。さあ、ラグ殿も穴掘りを手伝って下さい」
「あのなぁー」
ラグの表情が、穴を掘り始めた頃の呆れ顔に戻った。
それを見てオーカスは、ラグの言葉の途中で言う。
「ラグ殿は、サザーランドへ入国したくはないのですか?」
ついにラグは脱力した。黙々と動いて敵兵士の剣を拾う。オーカスの前に来てからのラグは、いつもの口の悪い調子を取り戻していた。
「はいはい。さすが隊長殿」
オーカスと向き合い、剣で穴を掘り始める。
「シーライト軍、陸の二十一部隊の隊長を務めるだけの事はある。シーライト軍の隊長の中で、こういう穴掘り作戦を思いつくのは、オーカス隊長殿だけですよ」
ラグは、半ば嫌味を込めて言い、オーカスを茶化しながら一緒に穴を掘り続ける。オーカスと共に汗をかきながら、下を向いて穴を掘るラグの表情に、少しだけ笑顔が浮かんでいた。
次の日。
サザーランド国王に一報が届く。サザーランド国とローラン国を隔てている国境の壁を越えた者有り。敵味方、及び人数などは不明。我が軍の見張りの兵士十人を殺害したもよう。魔法センサー感知せず。よって、壁を越えた者は魔法兵器が使えない一般市民の可能性有り。と。