第152話:雷と火1
ニックに見送られ、ラグとオーカスを乗せた飛空艇はローラン城に向けて飛び立った。
飛空艇の窓から眺めているオーカスは淋しそうな表情で、砂地の上で手を振るニックを見ている。今は陸の二十一部隊の隊長オーカスとして剣士の姿をしているが、彼女はクレア・オーカス・シーライト将軍という肩書きを持つ、華奢な体型からは想像もつかないほど強大な魔力を持った雷の鍵の継承者である。
そして隣に立っているラグも太陽並みの熱量を誇る火の鍵の継承者なのだが、ラグ自身は全く自覚がなかったりする。ラグはいつもの調子でオーカスと一緒にニックを見ながら言った。
「いろいろあった旅だったな」
「ええ」
「なんていうか、うまく言えないが、有難うな。家族の仇を討つことはできなかったが、お前のお陰で俺は立ち直ることができた。これでやっと俺は故郷に帰ることができる」
オーカスのラグを見る表情が強張る。
「それはいつですか?」
ラグは斜め下を見て考えながら言う。
「うーん。巨大飛空艇の視察の報告書を全て提出してからになるから二、三ヶ月後ぐらいだな」
ラグは、オーカスへの思いが強くなる前に別れたほうがいいと思い答えるが、オーカスにその思いは通じない。
「そんなに早く……」
「ニックの言うとおり、早くコトック家を再建しなければならないし、父と同じコトックの知事にならないといかんしな。やることが多くて考えるだけで頭が痛い」
ラグは沈んだ表情のオーカスを見続けることができなくて、オーカスに背を向けてカウンターへ行きグラスに水を注ぎながら言った。
「オーカスも大変だろと思うが、頑張ってシーライト家を――」
ラグは背中に衝撃と温もりを感じて押し黙った。
オーカスが駆け寄ってラグの背に抱き付いたのだ。
抱き付かれた衝撃で、注いでいた水はグラスから外れてカウンターの上にこぼれた。
グラスの中の水と、こぼれて水溜りになっている水が、王宮内で育ったオーカスと、地方で育った自分との違いに思えて、ラグはこぼれた水を拭き取ることなく振り返った。
「オーカス。急に何をするんだ。危ないだろ」
ラグの目に飛び込んできたのは、オーカスの縋るような眼差しだった。
「ラグ。ローラン城に残って下さい。とお願いしたら、ラグは城に残ってくれますか?」
オーカスのラグに対する思いは、当然ラグに伝わっているが、ラグはオーカスの肩に手を置いてゆっくりとオーカスを押した。
「城には、俺のやるべきことは無い」
オーカスはラグの胸に縋りつく。
「ラグが好きです。と言ってもですか?」
ラグは瞳を閉じる。今オーカスの顔を見たら、俺もオーカスが好きだと言いそうになるからだ。
「俺には、妻オフェーリアがいる」
ラグは瞳を閉じたまま、すぐに背を向けた。近くにあったフキンを手にとってカウンターにこぼれている水を拭く。
またオーカスはラグの背に縋りつく。
「オフェーリアさんは、もう亡くなっています。それに巨大飛空艇ノアの上で、好きだと言ったら、ラグも好きだと答えてくれたじゃないですか」
「オーカスの事は確かに好きだ。でも、オフェーリアは愛しているんだ」
カウンターを拭く手を止め、ラグは脳裏に浮かぶオフェーリアに謝罪した。
オーカスはしばらくラグの背の温もりを感じていたが、手をついて離れた。
「ならせめて、故郷のコトックに帰るまで、城にいる短い間だけでいいですから、私をクレアと呼んで頂けますか?」
ラグはカウンターに手をついたまま動かない。