第146話:また名も無き土地へ
彼女に称号を与えた前王は現在戦犯としてサザーランド城内に幽閉されている。
鍵の継承者にならなければ、普通の十代の少女として今頃は花嫁修業をしていただろうにと思いながらラグがオーカスを眺めていると、オーカスは服のボタンを外しかけ、まだ室内にいるラグに気がついた。
「ラグも早く自分の部屋に戻って支度をして下さい。私も今から支度のために着替えますので」
オーカスは恥ずかしそうにしながらラグを見ている。
またそのしぐさが女性らしかったので、ラグは不覚にも十代の少女に興奮を覚えてしまう。
「わっ、悪い。じゃあ、俺も着替えてくる」
ラグは逃げるようにして部屋を飛び出た。歩いて来る王宮侍女の視線を感じ、素早く取り繕って何事も無かったように歩き出す。だが、ラグの頭の中にあるオーカスの写真集に今見たオーカスの生着替えシーンが追加されたのは言うまでもない。
ラグは自分の部屋に戻って着替えを済ませてから待ち合わせの飛空艇に向かった。またオーカスに会えると思うと顔がにやけてくる。
ラグの妄想どおりに、飛空艇の中にいたオーカスは少女の笑顔でラグを迎えた。
初めて出会った時と同じ髪を後ろにまとめて紐で結び、きちんと身形を整えた剣士の姿で立っている。家族が死んだと聞かされて、まだそれほど日は経っていないのに、どこからそんな笑顔がこぼれるのだろうと、以前酒浸りだったラグは自分との違いと、十代の少女のオーカスの強さを感じながら飛空艇に搭乗した。
飛空挺は静かに浮上し名も無き土地へ向かう。
オーカスと旅をしていた頃は、何日もかけて名も無き土地にたどり着いたが、飛空艇を使えばオーカスと朝食を摂っているうちにたどり着いてしまう。
ラグは、オーカスが入れたミルクを飲みながら飛空艇の窓から見える、オーカスと共に歩んだ旅路を見下ろした。
何日もかけて歩いた道はとても細くて短く見える。
オーカスは外を黙って眺めているラグの表情を見ながら声を掛けた。
「もうすぐ名も無き土地に到着しますね」
「もうなのか。飛空艇だと早いな」
オーカスが窓から外の景色を見るのは相変わらずで、ラグの隣に立って一緒に眼下に広がる景色を見る。
「ラグと旅して来た道がとても細く見えますね」
「ああ。あんなに苦労して越えた国境の壁も、見上げるほどの城も、おもちゃの模型のようだ」
前ローラン国王は巨大飛空艇からこの景色を見て、なおさらユーフォリアを欲しく思ったのだろうか。
ラグは細く続く旅路の先にある名も無き土地を眺めた。青く広がる草原が境界線を引いたみたいに途切れて、そこから草木の無い砂地が広がっている。その先に、ラグたちの眼下で崩れ去った巨大飛空艇があるのだが、出かける前にオーカスが言ったとおり、巨大飛空艇は自己修復をしたようで崩れる前の姿をして砂地の上にあった。
「自己修復を始めたと聞いていたが、もうほとんど直っているじゃないか」
「報告によると、直っているのは外壁だけのようです。外壁は一晩のうちに修復し、修復当時はかなり薄い外壁だったそうですが、日を追うごとに外壁が厚くなり、柱ができ内壁ができ、それがいくつかの空間に分かれて、今ではあのガラスケースの中で胎児が育っているそうです」
オーカスは記憶している報告書の内容を正確に伝える。
ラグはガラスケースの中で眠っていた母キリエラにそっくりの女性を思い出した。ガラスケースの中で育っているという胎児は、またキリエラそっくりの女性に成長するのだろうか。