第145話:その後
ラグたちを乗せた飛空艇はサザーランド国の城に到着した。
ローラン国王は、サザーランド国王の命令により身柄を拘束され、サザーランド城内に幽閉された。
ラグたちは数日サザーランド国王宮に滞在し体の疲れを癒してから、迎えに来た飛空艇に乗りローラン国の城に戻った。
こうしてアルランドの英雄コトック卿としてローラン城で暮らすようになったある日、ラグは光を目蓋に感じて目を開けた。もう窓際にオーカスはいない。ラグは起き上がってクローゼットに手を伸ばす。以前着ていた剣士の服は傷みが目立つものの今もクローゼットの隅に掛けてある。その反対側にある由緒正しきコトック家の者が着る正装を手に取り身を包む。近くにある鏡を見て着崩れを直し、灰色の頭髪の寝癖も直して、立て掛けてあった剣を腰に挿した。
剣だけは昔と変わらず魔法器がついていない。
ラグは扉を開けて外に出た。廊下にはローラン国の紋章の刺繍が施された絨毯が敷いある。ふかふかの絨毯を踏み締めてラグは静かに品良く歩いて行く。歩いている時に王宮内で働く者とすれ違うと必ず挨拶を受ける。
「英雄ラーグ殿。おはようございます」
「おはよう」
ラグはにっこりと笑顔で挨拶をしてすれ違う。
王宮内は広くてまだ慣れないが、一つだけ覚えた道順がある。
ラグはその通りに進み階段を上がりオーカスのいる将軍室へ向かう。それがラグの朝の日課になっていた。将軍室のドアの前でもう一度身形を整えてから、ラグはノックのあとにドアを開けた。
「シーライト将軍。おはようございます」
中には騎士の姿をしたオーカスがいて将軍専用の机に向かって書きものをしている。
「おはよう。ラーグ殿」
十七歳の少女は、品のある素振りでラグを見てからまた書きものを続ける。
ラグはドアを閉めてオーカスがいる机に歩み寄り、机の書類を覗いた。
「朝から何を書いているんだ? オーカス?」
ラグの言葉遣いがいつもの調子に戻る。
「昨日話した巨大飛空艇ノアが自己修復を始めた件についてです。陸の二十一部隊のオーカス隊長に、至急ノアの状況を把握してくるように命令書を書いているのです」
「オーカス隊長って、お前の事じゃないか。自分の命令書を書く必要はないだろ」
オーカスは無邪気に笑う。
「そうですが、上官の命令書無しに外出外泊をすると、無断外出外泊とみなされて、将軍の私といえど懲罰を受けてしまうのです。そうそう、ラグもオーカス隊長に同行して頂きますので、ラグの外出届けも書いておきました。忘れずに持っていて下さいね」
オーカスの口調もいつもの調子に戻っている。
「俺もなのか?」
ラグは命令書を受け取る。
「ええ。ラグも今は王宮に席を置く立場なので命令書が必要なのです」
命令書には、オーカスの手書きでラグのフルネームが書いてある。
「お前。字が上手いな」
「将軍職になると、手書きの書類ばかり書かされるので、多少は字が上手いかもしれません」
オーカスはラグに誉められて少し照れながら立ち上がった。クローゼットを開けて、衣類をいくつか取り出して将軍用の椅子の背もたれに掛けている。
「ラグ。食事は済ませましたか?」
「まだだ。どうせお前も食べてないだろ」
「私が朝食を摂っていないとよく判りましたね。さすが私の保護者」
ラグを保護者呼ばわりしていたニックがいないため、オーカスが代わりに言う。きっとラグに気を遣っての事だろう。
ラグはニックを思い出して、熱くなる目頭を冷ましながら言った。
「なんでもいいから早く出掛けて何か食おう。俺は腹ペコだ」
オーカスは、衣類を選ぶ手を止めてラグの表情をじっと見ていたが、ラグが顔を上げた時に視線をそらし、ラグを見ていない振りをして、椅子の背もたれにあった衣類を掴んだ。
「ならば、その命令書を持って隊長のオーカスと我が軍の飛空艇内で朝食を摂って下さい。これはシーライト将軍である私からの命令です。英雄ラーグ殿」
オーカスは笑顔を作って言う。そんな十七歳の少女は、マジックナイトの称号を持つ将軍である。
命令を受けたラグは、作法どおりに踵を鳴らして足を揃えると、オーカスに向かって敬礼をした。
「ラーグ・フルフォンド・コトックは、シーライト将軍の命により、名も無き土地へ向かいます」
オーカスはラグの敬礼を見届けてから、着替えのために腰にある剣を抜いて近くの壁に立てかけた。
剣についている魔法器はオーカスのために特別に作られたもの。生産地はコトック。雷の鍵の魔力をその魔法器で変換し、全ての属性魔法を操る事ができるようになっている。彼女がマジックナイトの称号を持つ由縁である。