第119話:再会4
ニックの赤い髪は激しく波打っていた。耳には冷たい風がぶつかって低い音を轟かせている。
オーカスの獅子色の髪も上空の風に晒されて棚引いていた。ラグに担がれているオーカスは、雲海の切れ間から見える砂漠の上を歩く小さくなったローラン軍の兵士を見ながら声を上げる。
「飛行魔法が使えないのに外に出るなんて」
ニックは体を震わせながら言う。
「空気が薄いし、寒いし。ここ、ベストしか着ていない俺には無理だって」
オーカスとニックの悲鳴を聞きながら、ラグは何も無い宙を器用に蹴ってまた瞬間移動をする。もう少しで巨大飛空艇に飛び移れるという時に、ラグは集中を欠いて失速した。それを補うために手を伸ばすが、あと少しのところで届かない。今度は足を伸ばしてどうにか巨大飛空艇に届かないものかと頑張るが、約1メートル足りない。
「むう。もう少しなんだが」
ラグはオーカスとニックを抱えながら落下し始める。
「ラグ。放して下さい。自分で飛びますから」
オーカスは、腰にある剣の魔法器に手を添える。
ニックも体を淡く輝かせた。
「もう。何やってんの」
落下速度は徐々に早まり、急降下するラグを、オーカスとニックが飛空魔法を使い浮上させた。
ニックは氷の羽でできた翼を羽ばたかせて巨大飛空艇へ向かいながら言う。
「道を誤った息子の躾けには、親の勇気ある判断が必要だというが、あんた勇気有り過ぎだって」
オーカスはラグに掴まって体を淡く光らせながらラグが落ちないように浮かせている。
「私たちが巨大飛空艇まで運びますから。ラグ。あなたはもう何もしないで下さい。でないと、今度こそ落下しますよ」
ラグは、オーカスとニックのお陰で、なんとか巨大飛空艇にたどり着く事ができた。ラグは巨大飛空艇の上に座り込んで呼吸を荒くしながら雲海の先に見える先ほどまでいた飛空艇を眺めた。
「やればできるもんだな」
ニックも座り込んでラグにもたれながら言う。
「最終的にやったのは俺たちだけどね」
オーカスもラグの肩に腕を載せてもたれながら言った。
「瞬間移動の勢いだけで飛ぶなんて、あなたはなんて無茶苦茶な人なんだ」
「行けると思ったんだが」
苦笑しながら言うラグを見て、オーカスとニックが同時に言う。
「行けると思った!?」
オーカスが笑い出す。
「あははは……。そういえば、ラグは出会った時から無茶苦茶な人でしたね」
オーカスは、ラグと初めて出会った酒場でラグが白目をむいて倒れた時の事を思い出した。次に未成年の自分が酒場にいてはいけないと言って外で一緒に食事をしてくれた事や、田に落ちて一緒に泥まみれになった事、サザーランドの王都の宿屋で泣いた自分を慰めてくれた事など。オーカスは、なんだかんだ言っても、優しく接してくれるラグの表情を思い浮かべる。
「魔法が使えないのに、魔法使いの私を心配して。今だって飛べもしないのに、私のために飛んでくれて。ラグ……。私はあなたが大好きです」
ラグはオーカスとニックにもたれながら言う。
「俺も……だ」
ニックも言う。
「ラグ。愛してる」
雲海に浮く巨大飛空艇の上。和やかな雰囲気が三人を包んでいたが、暫くして、ラグはラグにとって、とても重要な事に気付いて口を開いた。
「その愛は、いらん」
それで、オーカスはまた笑い出した。