第11話:ラグ4
酔っ払いは、ラグの豹変振りに驚いて逃げ惑う。
「助けてくれぇ」
「なんだ? こいつ、急に勢いづきやがって」
酔っ払いの一人は店の外へ逃げて行ったが、逃げ遅れたもう一人が店の隅に追い詰められた。
「おお、お助けを。剣士様」
酔っ払いは跪いて命乞いをするが、ラグの耳にその声は届かなかったようで、ラグは紫の瞳をギラギラと光らせて無言で剣を振り下ろした。
「ひえぇぇ」
眼をつぶって怯える酔っ払いの悲鳴が店内に響き渡る。
酔っ払いがもうダメだと思った時、酔っ払いの頭の上で甲高い金属音が鳴り響いた。
酔っ払いが恐る恐る目を開けると、オーカスが剣を握り酔っ払いの頭の上でラグの剣を止めていた。
「貴殿は、剣を持たぬ相手を切り捨てるつもりですか?」
酔っ払いは、交差している二本の剣の刃の下から這い出て、一目散に店を飛び出して逃げて行く。
酔っ払いが逃げて行ったあとも、オーカスの細身の剣の上にラグの剣は載っていた。
オーカスは、動かなくなったラグにもう一度声を掛ける。
「ラグ殿?」
次の声でラグは顔を上げる。オーカスを見るが、ラグの目は白目になっている。
「さ……わ……る……な……」
ラグの手から剣が落ちる。ラグは白目のまま仰向けに倒れた。
「ラグ殿!」
オーカスがラグに駆け寄ると、ラグは酔い潰れて寝息を立てていた。オーカスは床に片膝をつけてラグの左耳についているイヤーカフを見る。また暴れられては面倒なので、当然ラグの耳は触らない。
ラグの左耳についているイヤーカフの大きさは大豆くらい。艶消しを施された銀色の金属が耳の側面を覆うようにして耳の溝に合わせて噛ませてある。
魔法の発動を確認していないので判らないが、ラグのイヤーカフは鍵に見えないこともない。真偽を確かめるには時間が必要だと思ったオーカスは、懐から銅貨を1枚出した。
その仕草で、呼んでもいないのにオーカスの所に店の娘が駆け寄る。
オーカスは娘を見ると銅貨を差し出した。
「すまないが、二人分の宿をとりたい。この者を担がなければならないから、ここから一番近い宿がいい」
娘は銅貨を受け取って言う。
「だったら、うちの二階が空いております。それにこの人、酔いが覚めて動けるようになるまで、店の隅に寝かせておいてもいいですよ。ずっと前からそうでしたから」
それを聞いてオーカスは笑顔になった。
「なら、それで頼む」
「畏まりました」
娘は、店に来て初めて見たオーカスの笑顔に、同じく笑顔で返した。