第1話:オーカス
焼け跡は、黒く広大な土地となって一面に広がっていた。
「これは一体どういうことだ……」
黒い土地を見ているしかないオーカスの口から、信じられない思いが呟きとなって出る。
そこにあるはずの貴族の屋敷は無く、黒い焼け跡が、家主の身に尋常でない出来事が起こったと、オーカスに無言の言葉を投げかける。
そこへ、地竜の背に荷物を載せて連れて歩く老婆が通りかかり、オーカスに声を掛けた。
「あんた。ここのコトック様のお知り合いの人かね?」
「ええ、そうですが」
オーカスと老婆を比べると、オーカスは曾孫くらいの若さがある。
老婆は興味津々にオーカスを見ながら言う。
「一週間くらい前だったよ。夜遅く、いきなり燃え出して。そりゃぁよく燃えて、見ての通り何も残っちゃいない。屋敷に住んでいた人の死体すらもね」
老婆は、オーカスの腰に挿さっている細身の剣や剣士専用の革のブーツを見ながら話を続ける。
「火を使う魔法使いに襲われたって噂だよ。跡形も無く全てを燃やし尽くせるのは火の魔法しかないからね。何も残らないほど燃やされてしまうなんて、どんな恨みを買ってしまったんだろうねぇ。人の善い貴族様に見えたんだがねぇ。戦争が終わって1年が経ち、これからだっていうのに。くわばら、くわばら」
老婆が立ち去ったあとも、オーカスは静かに焼け跡を見つめていた。
黒い焼け跡は屋敷の区画内だけで、周りにある家屋どころか、区画の外は全く焼けてはいない。区画の外すぐの所に落ちている石も、生えている雑草も、火事の熱を浴びて変色した形跡も無い。区画の端にある角も仕切られていたかのように90度の角となって黒い焼け跡があるのである。
その普通では考えられない物理的な現象を無視した焼け方は、魔法使いだからこそ成せる技で、他に延焼を及ぼさない火の魔法の技術は、かなりの上級魔法である事を意味していた。
オーカスは思う。自分と同等の、もしくは自分より上級クラスの火の魔法使いが、ここに住んでいた貴族コトック卿を襲い、屋敷諸共焼いてしまったのだろう。と。
上級クラスの火の魔法使いが残した黒い焼け跡を見て、オーカスは自分の内なる所に生じた火の魔法使いに対しての畏怖を感じて、無意識に自分の腰にある剣についている魔法器を掴んでしまう。
そよぎ始めた静かな風は、上級魔法を目にして畏怖の念を抱くオーカスを介抱するように、オーカスのウェーブがかかった茶色の髪を撫でていく。
しばらくして、またオーカスが立っている道に人が通りかかる。
オーカスは、地面の砂利を踏み鳴らす足音に気付いて我に返り、黒い焼け跡から視線を上げた。
近くの木から小鳥が飛び立ち、空に舞った小鳥は平和そうな声で鳴いて、オーカスの視界の端を横切って行く。
「鍵の手がかりは、ここで途絶えてしまった。という事か」
オーカスは、ズボンのポケットから紐を取り出して、髪を後ろに束ねると紐で一括りにして結んだ。
「さて、どうしたものか」
黒き焼け跡の言葉無き訴えを聞いても、今のオーカスは何も答えられないし、どうする事もできない。成す術が無い今の現状に開き直りともとれる笑みを見せると、オーカスは焼け跡を背にして歩き出した。