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後半終了 牛乳プリンの行方と戦争終結

「ありえない! 何故です! あなたはっ、この左手に、私の牛乳プリンを隠していたはずだ!」


 取り乱す光雄の姿に思わず笑みが零れた。


「半分正解だと言っておこうか。しばらくの間、俺の左手が隠し場所だった時もあった」


「私が探し終えた場所に隠したというのですか? ありえない! 私は、あなたの動きに細心の注意を払っていた! それゆえ、左手の不自然さに気づいたのだから!」


「それを利用させてもらったよ」


 光雄の腕を振り払うと、力なく光雄の腕は解かれた。


「孤高に生きる牛乳プリンの生き様を愛するがゆえに、お前は俺のことを理解していなかった。プッチンプリンは、常に仲間と共にいる。俺は、仲間と共にお前と戦っていた」


「――――そんな、わかりきったことを!」


 吐き捨てるような言葉に、抑えようとしない怒気が込められていた。その怒気に気圧されそうになる。そう、カラメルを焦がすバーナーのようだ。これは二回目だ。


「だからこそ、私はあなたの仲間の部屋を探したのです! 仲間に頼るなど、青臭く、怠慢で、力の無い者のやり方で私に勝とうとすると! 先ほどから群がって見ることしかできな―――」


 光雄の言葉は、光雄自身によってかき消された。その瞳は、俺たちを見守っていた寮の住人たちを捉えている。

 俺は振り返り、寮の住人に笑みを浮かべた。


「そうだ。牛乳プリンの隠し場所は俺たちだ。俺たちが牛乳プリンを隠していた」


 俺が左手を上げると、住人の一人が牛乳プリンを高々と掲げた。俺はその牛乳プリンを受け取り、コツコツと蓋を叩いた。


「お前は一人で戦い、俺たちは全員で戦った。仲間を求めないお前に勝つことなど動作もない」


「プッチンプリンの隠し場所を私の部屋だと思ったのも」


「そうだ。あの時、俺たちは全員でプッチンプリンを探していた。お前は俺を見守っているつもりだったのだろうが、俺がお前を見張っていたんだよ」


 まあ、勝つことはできなかったがな、と俺は付け加えた。

 光雄はめまいを堪えるように額に手を当て、壁に寄りかかった。完全なる敗北を光雄に突き付け、至高のプリンへの階段から滑り落とした。その高揚感が俺の中で湧き上がり、牛乳プリンを持つ手に力が入った。


「……さて、お前には代償を払ってもらおうか」


 力の抜け切った光雄の顔が上がるや否や、俺の後ろに控えていた二人の住人が、光雄を床に押し倒した。


「至高のプリンの座に届かなかった私など、もはや何の価値もない。そんな人間を捕えてどうするというのです?」


 突然の出来事のはずが、光雄は表情一つ変えない。その潔さに敵ながら感心してしまう反面、復讐心が俺の気持ちをかき乱した。そう、幼い頃プッチンプリンをかき混ぜて食べた兄に対するように。


 俺は牛乳プリンの蓋に手をかけた。

 あまりにも薄く、プリンを守るに適しているとは思えない蓋。しかし、それはどんなものであろうと侵入を許さない。強固な砦。水に投げ込まれようとも、決してプリンの味とフォルムを損なわせることはない。

 外部の侵入を赦す唯一の条件は、プリンをおいしく食すという誓いを立てること。

 俺はその唯一の条件を破り、この蓋を開ける。もはや至高のプリンを得ることは叶わないのかもしれない。それでも、俺は仲間の、プッチンプリンの痛みを忘れることなどできない。


 俺は光雄に見せつけるように、牛乳プリンの蓋を剥がしていった。

 生気の無かった光雄の瞳が、蓋が剥がされるに従い開いていく。蓋とカップが引き剥がされる音は期待に膨らむ音であったはずなのに。こんなにも空しく響くことになろうとは。


「水野さん……あなたは何を、考えているのですか…………?」


 驚愕に震えた瞳を見据え、俺はただ一言だけ呟いた。


「復讐」


 その言葉で弾かれたように光雄は暴れだした。拘束した二人が焦るほどの力。顔を真っ赤にしながら、二人を引きずりながら近づいてくる。冷静沈着な光雄にあるまじき行動だが、その姿に感服せざるを得ない。

 俺は光雄を見下ろし、ゆっくりと抽斗を開けてスプーンを取り出した。プッチンプリン以外に使用しないと決めたシルバースプーン。常に輝きを放つように手入れは怠っていない。スプーンに反射した光雄を見た。這いつくばっている姿に、俺は自分の姿を重ねた。


 俺はこれから大罪を犯そうとしている。この先の人生、這いつくばって過ごすことになるほどの大罪。


「やめてくれ! 牛乳プリンを敵視するお前に、どうして牛乳プリンを食す資格がある! それは私が! 私こそが愛し、味わえるはずだ!」


「俺は牛乳プリンを敵視などしていない。だが、確かにお前のほうが愛し、味わえるだろう」


 しかし、と俺は光雄を睨み付けて行った。


「貴様は俺のプッチンプリンをどうした! 俺こそが愛し、味わえるプッチンプリンを蹂躙したではないか! どうしてその恨みを晴らさずにいられる!」


 俺はシルバースプーンを牛乳プリンに差し入れた。光雄の悲鳴がこだまし、俺の罪悪感を刺激した。それでも、俺はカップの底まで差し入れた。


「水野さん! 今ならまだ間に合います! お願いです! どうか!」


「そう言ったプッチンプリンを、お前はどうした?」


 底まで刺したシルバースプーンは、牛乳プリンに挟まれ直立した。さながら、プッチンプリンの墓標のように。

 シルバースプーンを支える牛乳プリンの肉体は、鍛え抜かれた芸術だ。とろけるような味わいに反した力強さ。それはプッチンプリンと相通じるものがある。なるほど、プリンの名を冠するにふさわしい逞しさだ。


 その芸術的な肉体を蹂躙する。プリンの神よ。これから大罪を犯す俺を、赦さないでいい。


 シルバースプーンを引き抜き、刺し、引き抜き、刺し、引き抜き、刺す。何度も何度も。初雪で埋もれた地面を汚していくように。淡くて粉雪のような優しさを湛えた牛乳プリンを、蹂躙していく。


「あなたには! 情というものがないのですか! 牛乳プリンの美しきフォルムを、愛でることなく犯していくとは!」


 足に縋り付く光雄を見ることなく、俺は機械的に牛乳プリンの形を崩していった。プッチンプリンの恨みはある。それでも、この行為には心が痛んだ。

 次第に手ごたえがなくなっていき、手元の牛乳プリンは変わり果てた姿になっていた。光雄は嗚咽を漏らし、もはや縋り付く力すら抜けていた。


「どうした、光雄。お前にプッチンプリンの悲鳴は聞こえなかったのか? 同じことを、俺とプッチンプリンは感じていたのだ。その痛みを忘れずに取っておくことだ。それが、仲間を思いやる痛みだ」


 たまらず、俺は牛乳プリンを流し込んだ。プッチンプリンでは表現できない絹のような甘み。そして、母親を思わせる優しさ。

 喉元を通り過ぎると、再び口内を牛乳プリンで満たしたい衝動に駆られた。残り少ない牛乳プリンを流し入れると、母親に抱きしめられた時の安堵感で満たされた。舌の上で転がしながら丹念に味わい、飲み込みたい衝動を抑えた。飲み込むその時が、もっともプリンを味わえる時間。その高みに登るため、ゆっくりと、ゆっくりと、味わう。


 まだだ、もう少し。


 最後の一口。これ以上のスパイスは存在しない。

 喉仏が動き、体の全てが牛乳プリンを味わう態勢となる。過ぎ去るのを寂しく思いながら、飲み込まずにはいられない。夢を追って、過ぎ去る恋人に手を振る時のように。


「それが、あなたの答えですよ」


 余韻冷めやらぬ中、どこから声がしたのかもわからなかった。それが光雄の言葉だとわかったのは、しばらくたってからだった。顔は伏せたままだが、体を震わせながら嗚咽を繰り返している。


「何か言ったか?」


「それがあなたの本心だと言ったのですよ」


 その声が歓喜に満ちているように感じた。いまだ嗚咽を繰り返す光雄らしからぬ雰囲気。その違和感に戸惑っていたその時、光雄の震えが嗚咽ではなく、笑いであることに気が付いた。

 異様な雰囲気を感じ取ったのか、光雄を捕えていた二人は恐々と光雄から離れていく。拘束がなくなっても、光雄は俯せのままだ。もはや隠そうともしない笑いが室内を満たしていた。


「あなたは、すでに認めていたのですね。プッチンプリンが至高のプリンではないということを」


「何を馬鹿らしい。それならばこの争いはなんだ。何を争っているというのだ」


「あなたの! その! 牛乳プリンを味わう姿を見れば一目瞭然ですよ! 真に牛乳プリンを恨んでいるというのであれば、あのような恍惚とした姿をさらすことはできません」


「俺のスタンスを知っているであろう。プリンにはそれぞれに魅力があるということを。その中で俺はプッチンプリンを愛していると」


「私は、見たのですよ」


 顔を上げた光雄は、喜びと怒りが混ざり合った表情をしていた。


「あなたが、プッチンプリンを味わう姿を」



『そして』



「牛乳プリンを味わう姿も、見ました」


 俺は光雄の表情の意味を確信した。


 光雄は喜んでいる。孤高だと信じて歩んでいた道。その道を共に歩める仲間を見つけたことに。

 そして怒っている。その仲間の存在を喜んでいる自分を。良きライバルを失ったことを。


 光雄は立ち上がった。楔を外し、皿の上で揺れるプッチンプリンのように堂々と。


「水野さん、あなたは牛乳プリンを蹂躙などしていない。フォルムを損なわせたのは許せないが、それを覆い隠すほどに味を堪能した。その姿は、同じプッチンプリンを愛する仲間を驚かせるほどに」


 俺は同志二人を見ると、二人は居心地悪そうに視線を逸らした。


「そのシルバースプーンを投げ捨てなさい。そして、私の部屋に来て語り合いましょう。牛乳プリンが、至高のプリンであることを」


 気が付くと光雄の表情から怒りは消えていた。現れているのは、溢れんばかりの喜び。

 俺はしばらく黙り込んだ。手に持った牛乳プリンとシルバースプーン。あたかも俺に問いかけているかのようだ。牛乳プリンを愛する道と、プッチンプリンを愛する道。


「光雄」


 蒸すような暑さの中、俺は光雄に問いかけた。


「お前は、シルバースプーンを持っているのか?」


 喜びに満ち溢れていた光雄は僅かに眉を寄せた。


「何を言うかと思えば。プリンを愛する者は誰もが所持していますよ」


 同志二人は、光雄の言葉に頷いた。


「プリンを愛する以上、そのプリンに半端なものは触れさせられません。夜な夜な磨いているのはあなたも同じでしょう」


「ああ、全くその通りだ。俺も毎日磨いている。さらに、プッチンプリンを愛する者は皿にも気を遣う。プッチンプリンの肉体を支える皿だからな」


 俺の言葉にも、同志二人は頷いた。


「なるほど。しかしもはや皿に気を遣う必要はありません。あなたも牛乳プリンを愛するのであれば

――――――」


「お前は、プッチンプリンをおいしく食したのだな」


 同志二人の瞳が驚愕に見開かれた。初めてプッチンプリンを食した、幼き日のように。

 牛乳プリン愛好家である光雄が、ライバルと称しているプッチンプリンを食すはずがない。ましておいしく食すなど、牛乳プリンに対する裏切りと同義である。

 光雄の表情が凍った。それは十分すぎるほどの反応だった。


「やはりか」


 俺はため息交じりに声を落とした。そのため息が熱くなっているのにも気づいてしまった。


「なっ、なにを言うのですか水野さん。私がプッチンプリンを愛せず、楔を外さずに食したのですよ。愛好家であればあるまじき行為。そんな食し方をする私が、プッチンプリンを愛せるはずないではありませんか」


「もう、隠さないでいい」


 俺は手を広げて光雄を制した。もはや光雄の動揺は隠せるものではない。言動が、瞳が、すべてが物語っている。思えば、光雄が争いを急いだのも理由があったのだ。


「お前の部屋を探しているとき、俺はシンクの中でスプーンと皿を一枚見つけた。皿はともかく、お前はあのスプーンでプッチンプリンを食したのだな」


「それがどうしたというのです?」


 今度は光雄の顔に困惑の色が広がった。二人の同志も同じように首を傾げた。うだるような暑さの中ではあるが、俺の頭はすっきりと晴れ渡り、心は喜びに燃えていた。


「もう一度聞く。本当にあのスプーンを使ってプッチンプリンを食したのだな」


「いったい、なんだと言うのです」苛立ち交じりに首を振った。


「その通りだと言っています。シンクのスプーンを使用したので――――」


 光雄は固まり、言葉の続きを待っていた同志二人はさらに首を傾げた。


「そうだ。お前は、牛乳プリンを食すためだけのシルバースプーンでプッチンプリンを食した」


 俺たちはシルバースプーンを他の用途には使わない。ゼリーであろうと杏仁豆腐であろうとも。他の用途にシルバースプーンを使うことは、愛するプリンへの冒涜。それが同じプリンであったとしても。


「俺はプリンを冒涜する姿を見せつけるため、シルバースプーンを使って牛乳プリンを食した。しかし、お前は誰も見ていないところでシルバースプーンを使った。意識せよ無意識にせよ、お前はプッチンプリンに敬意を払っていたのだ。そう」



 牛乳プリンと同じように。



「……そんなことは、そんなはずはっ!」


 壁にもたれかかり、ようやく立っている状態だ。かつての俺と同じだ。俺もプッチンプリンこそが至高にして唯一だと思っていた。しかし、焼きプリンの存在を知った時に俺の世界は崩れた。いや、広がったと言うべきだろう。

 あの時に感じた世界の広さ。それを光雄にも知ってほしい。


「光雄」


 俺は抱えるように光雄の肩を掴み、震える背中をゆっくりとさする。


「正直に、答えてほしい。プッチンプリンは、うまかったか?」


 俺の質問に、すぐに答えなかった。

 冷や汗で冷たくなっていた背中。しかし、俺がさする度にゆっくりと熱を帯びていく。震えがゆっくりと止まり、上げた顔には、安らかな笑みを浮かべていた。


「…………おいしく、いただきましたよ」


 俺と光雄は互いに笑い合った。背中を叩き、叩き返され、ちょっと喧嘩した。

 それでも互いに握手を交わし、寮の全員で輪になって踊った。時間を忘れてしまいそうなほど幸福であった。蒸し風呂のような暑さであったことを思い出した時、全員が脱水に陥っていた。


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