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後半開始 光雄の攻撃


「ようやく牛乳プリンが至高のプリンであることを証明できますね」


「ふん、そう簡単に至高のプリンの座をくれるつもりはない。さて、すでに俺は牛乳プリンを隠している。スタートは貴様の好きな時にすればいい」


「そうですか、ではスタートしましょう」


 光雄は指を鳴らすと、すぐに部屋を出た。慌てて靴を履いて追いかけると、光雄は隣の部屋に入って行った。そこはプッチンプリンの同志が住まう部屋だ。隠し場所は寮の中。そのため、俺と光雄の部屋以外に隠してもルール違反にはならない。


 同志の部屋は絵の具の湿った臭いが充満していた。主要な家具こそ俺の部屋と変わらないが、目に飛び込んでくる画用紙には多くのプッチンプリンが描かれている。ここはプッチンプリンの魅力を永遠のものにしようともがく男の部屋だ。散らばるプッチンプリン達はどれもが素晴らしく空腹を掻き立てるが、狂わせるほどの魅力を表現できていない。

 光雄もその情熱に敬意を表し散らばった画用紙を丁寧にまとめている。俺の視線に光雄は気づいた。


「方向性は違えど、あなたたちの情熱には感服していますから」


 言い訳のように鼻をかいて背を向けた。笑いたくなるような態度だが、俺も牛乳プリンに対する光雄の情熱には感服している。他人から見れば俺たちは似た者同士なのだろう。

 気が緩みかけた自分を律するように俺は光雄の背に話しかけた。


「俺の部屋を探さなくてもいいのか?」


 光雄は冷蔵庫の中を物色し、埋め尽くされたプッチンプリンを前に固まっていた。

 ゴクリ…………。はっ、いかんいかん。


「なに、あなたのことです。必ず仲間の力を頼ると思ったんですよ。それゆえ、私の部屋はもちろん。あなた自身の部屋にも隠していないだろうと思っています」


「いい読みだと言っておこう」


「ここにも無いようですね」


 ゴミ箱をひっくり返し、畳んでいたシャツを広げ、敷かれた布団を外に放り投げた。プリンに関するもの以外には容赦がない。遠巻きに見ていた家主が顔を曇らせる。光雄はその様子を横目で見ながらその部屋の探索を止めた。気を遣ったわけではなく探すところが無くなったのだろう。何も言わずに隣の部屋へ移動した。


「ほう」と光雄は呟いた。「これはそそられますね」


 それは息をのむ光景だった。

 住人で最も大きな冷蔵庫が鎮座し、最新の電子レンジが音を立てる。特筆すべきは、室内を満たす零れるほどの甘い香りだ。ここはプッチンプリンを超越するプリンを体現するため日々精進する部屋。光雄ですら舌なめずりをしてしまう。室内にいた部屋の主はエプロンを身に着けていた。そのポケットは調理道具でパンパンになっている。


「失礼させていただきますよ」


 と光雄は言った。先ほどよりも丁寧な探索は埃を立てないための配慮だろう。


「大丈夫か?」


 俺は台所に立つ家主に声をかけた。得意げな笑みに俺は期待と安堵のため息を漏らした。


「水野さん」


「なんだ?」


「先に確認しておくべきでした」と言って光雄は俺に向き直った。「あなた、私のプリンを食してはいないでしょうね」


「そんなことか」


 と俺は苦笑を浮かべて言った。


「安心しろ、俺はお前とは違う。牛乳プリンの蓋すらも開けていない」


 光雄の眉間に皺が寄る。探るような目つきをしているが、すぐに室内の探索に戻った。正々堂々と勝敗を決する。それこそ至高のプリンに相応しい争い。それを汚すようなつまらない嘘などつくはずがないことを光雄もわかっている。


「ああ、もう一つ聞いてもいいですか?」


「ああ」


「あなたは私の牛乳プリンを部屋に隠していませんね」


 光雄は微笑んだ。不意を突かれた発言は俺の平静を揺るがすに十分なものだった。そして、その動揺を光雄が見逃すはずがなかった。


「どうやら正解のようですね」


 光雄の顔にさらに深い笑みが広がった。自分のうかつさを呪いたくなったが、ここでさらに動揺するわけにもいかない。精一杯の虚勢で笑みを作った。


「なかなかいい読みをしているな。正解だ」


 それがわかったところで牛乳プリンは手にできない。焦ることはない。残りわずかな時間、話を逸らせばいいだけだ。


「……お前の勘の良さは認めよう。ところで、今日駅前のスーパーで牛乳プリンが安売りしているのを知っているだろ――――」


「私はすぐに気が付くべきでした。あなたがプッチンプリンの隠し場所が私自身だと考えたことを」


 俺の言葉を華麗に無視すると、少しだけ俺に近寄った。


「間違っていたとはいえ、私自信がプリンの隠し場所というのは素晴らしい発想です。半分以上正解していたのですから」


 俺は光雄から距離をとり、時間を確認した。残りは一分もない。


「さて、どうしてあなたはその発想に至ったのでしょうか? 答えは簡単です。あなたも隠しているのでしょう?」


 光雄は言うと、一息に俺との距離を詰め、俺のポケットやシャツの中にまで手を突っ込んできた。


「何をする!」


「あなたが持っていのでしょう! 私の牛乳プリンを! さあ、往生際が悪いですよ。早く冷蔵庫に入れなければ食べごろを逃してしまいます!」


 光雄の繰り出す手を右手一本で払いのけるが、牛乳プリンを求める光雄の手さばきは常人の域を超えていた。右かと思えば左、かと思えば下と、こちらの予想を上回る動き。牛乳プリンを渇望する心が、光雄に常人を越えるパワーを与えている。


『ふ……、防げない――――』


 ついに光雄の手が俺の左腕を掴んだ。


「どうして右手ばかりをつかうのですか? まあ、無理はありませんよね。そう、あなたはずっと隠し持っていたのですよ。私の牛乳プリンを、この左手で!」


 上気した光雄の顔。光雄らしくない笑みをたたえ、その瞳は、至高のプリンへと駆け上がるための階段を追っているのだろうか。

 俺は光雄の顔をまっすぐ見ることができない。俯いた俺には、伸び上がりそうな光雄の足と、あまりに愉快で踊りだしそうな俺の足が見えていた。


「……残念だったな、光雄」


 光雄の顔が、赤から黄、青へと変わった。階段から突き落とされた絶望をまだ理解できないのか、視線は牛乳プリンを求めて彷徨っていた。


「タイムアップだ」




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