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1.悪役令嬢


 とある記事。

「シナリオを書く上で、原則としてゲームが好きな男性は出さないというのがあります。男性向けのギャルゲーでは、ゲームが好きな美少女というのはアリなんです。どうしてかというと、男性ユーザーは、美少女と一緒に、ゲームを遊びたいという願望があるからです。でも、女性はそうじゃない。

 自分を大切にしてほしい。ずっと私だけを見つめてほしい。そう思っています。だから私がシナリオを書く時は、ゲームが好きな男は絶対に出しません。サブキャラもです。他にもアニメ、マンガ、ラノベといった要素も、極力排除する方向で執筆しています。

 とにかく、ゲームという単語は出さない。それが、私がシナリオを書く時に意識している事ですね」


 ※


 私は悪役令嬢に転生した。

 『大鹿アリス』というのが今の私の名前だ。


 悪役令嬢というのは、イケメンと恋愛するゲームの世界で、主人公のヒロインをイジめたり、陥れたりする女性のことだ。だけど物語のなかばで、目論見はだいたい失敗する。最終的には、ヒロインとイケメンが障害を乗り越えるための、橋渡しとなる小道具と化すこともしばしばだ。

 そんな私は普段、大きなお屋敷で暮らしている。実家は、数多の業界に出資している大企業だ。

 日本人である『貴族』の父と、イギリス生まれの王女の血を引く母は、二人とも美形で、私自身もまた、綺麗な顔と身体を手にいれていた。

 難点をあげるなら、滑舌が致命的に悪いことだ。人の顔が見れない。視線が怖い。顔立ちだけは整っているのもあって、言葉を探しあぐねて黙っていると、まるで他人を睨んでいるようにも見える。


 私はコミュ障だ。空気がよめない。

 元の世界では〝ぼっち〟だった。


 裕福すぎる家庭に生まれ変わったのに。ネガティブなところもしっかり、引き継いでいた。

 転生前は勉強しか取り柄がなかったので、この世界でも勉強はできた。だけど元の記憶、たくさんの失敗が蘇るせいで、どうしても声が上擦ってしまう。


 上手くできない。自分に自信が持てない。


 転生前は病弱だったのもあって、休みの日は病院によく訪れた。診療を待つだけの時間は退屈で、携帯ゲームや、文庫カバーをつけたライトノベルが手放せなかった。

 きっとそれがいけなかったのだと思い、とりあえずの健康体であるこの世界では、一から身体をきたえようとしたけれど、ダメだった。


 私の運動音痴は、絶望的だった。ついでに、芸術的センスも壊滅的だった。


 ダンスの練習は転んでばかりだったし、ピアノやバイオリンも指がまったく追いつかない。最終的にはどれも先生に匙を投げられた。

 基本的に私に甘い両親は「まぁ得手不得手があるからね」と適度にあきらめてくれたけど、結局コミュ障は治らないまま、貴族専用の学園に入学した。昼休みは転生前と変わらず、学校の女子トイレで一人、メイドさんの作ったお弁当を食べていた。そうしたら、


「――大鹿さんって、不愛想すぎませんこと?」


 ある日、扉の外から声が聞こえてきた。

「お母様は女優にモデルもやってて華やかなのにねぇ」

「大鹿財閥って超大手でしょ? 彼女のお父様の講演会、立場のある人たちが大勢集まるって聞きましたわ」

「私たちみたいな中小の貴族には構って欲しくないんじゃありません?」

「いつも一人で本読んでますしね」

 そんな声が聞こえてきた。


 すいません。ごめんなさい。そんなつもり、ないんです。


 吐きそうになった口元をおさえながら、卵焼きを飲み込んだ。心がどんどん追い詰められていく。どこに行っても上手にできない。しかもこの世界には、心の拠り所になるゲームがない。

 それどころか、マンガやライトノベルもない。深夜アニメもやってない。

 本屋やコンビニに行っても、古典と純文学作品が並ぶ有様だ。インターネットで『成人向け』と検索しようものならば『検索結果は0件です』と返ってくる。

 ありえない現実に貧血を起こしかけながら、私は理解した。


 『全年齢対象の、健全な乙女ゲーム』


 この世界は、そういう世界なのだ。私は絶望した。

 もっとも相性の悪い人間と、世界に転生したのだと、そう思った。


 

 授業が終わって放課後になった。

 寄り道をする友達もいないし、家に帰ってもゲームがないので、図書室に寄って、勉強の予習と復習をする事にした。旧校舎に移り、文化棟の長い廊下を歩いていると、

「――そろそろ、この学校には慣れてきたかい?」

 甘く耳に残る声が聞こえてきた。ちょうど、階段の半分上、踊り場のところだった。

「はい、最近になってどうにか。お気づかいありがとうございます。先輩」

「それはなにより。ところで藤原さん、これから時間ないかな?」

 視界の端に、長身痩躯の男子生徒が映った。テレビの中だけに映り、数百万のファンに向かって微笑むことを許されたような、目が眩むほどの美しさを持つ男子生徒だった。

 その正面に立つのは黒髪の女子生徒だ。彼女もまた美しかった。それでも目前の男性から、顔を寄せて甘い言葉と笑顔を向けられたら、とても断れないのではと思ったけれど、

「申し訳ありません。これから予定があるんです。ごめんなさい」

 あっさり切った。

「そ、そっか。もしかして、他の奴と予定があったりするのかな?」

「いえ、そういうのではなくて」

 女子生徒はおだやかに、けれど、手慣れな感じに言葉をためらわせる。ふと視線をそらすと、踊り場の下、足を止めていた私と目が合った。

「アリスさん」

「えっ」

 イケメンの男子生徒も、つられてこっちを見た。

「白鳥先輩、今日は彼女と約束があるので」

「……藤原さん、大鹿家のご令嬢と知り合いなのかい?」

「はい。私がこの学園に転入してきた初日に、校舎を案内してもらったんです。この学園は本当に広くって、それで今日、そのお礼をと」

「なるほどね。藤原さんは律儀なんだな。じゃあ、残念だが僕は失敬しよう」

「はい。申し訳ありません」

「いいよ。気にしないでくれたまえ」

 長身の男性が階段を降りてくる。私の隣を横切る際、なんとなくといった感じで視線を向けられた。それだけで、私も反射的に目をそらしてしまう。顔が赤くなる。

 そのまま動けず固まっていると、もう一人の女子生徒も近づいてきた。

「良いところに通りがかってくれたわね。アリスさん、って呼んでおこうかしら?」

 だけど彼女は、私の前で足を止める。

「……ぁ、あの」

「悪いけど、付き合ってもらうかんな」

 耳元に唇を近づけて。彼女はそっと囁いた。

「あんたさぁ、どうせ予定とかないんでしょ? トイレで一人、弁当食べてるような奴だもんなぁ」

「っ!」

「顔はキレーなお姫様みたいになってるけど。立ち回りとか雰囲気が、昔と一緒で、マジウケる」

 鼓膜からの振動が、心臓に届く。釘で直接刺されたような、鋭い痛みが全身へと広がった。

「こんなワケわかんねー世界に連れて来られてさ。私も良い迷惑だよ。しかも娯楽っぽいモンが、ごっそり削られてて、クソみてーに退屈だしよ。どいつもこいつも、型通りの天然良い子ちゃんばっかだしな」

 彼女は、この物語の主人公だ。

 名前は『藤原春奈』さん。あの時と同じ名前の、私と同じ転生者。元の学校の、クラスメイトだった。

 

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