キッコさん、震える
…何だかあっさりと放りだされたけれど。そうは行くか。
僕は、匍匐前進するかのように体制を低くして、部屋に近づく。
ほんの少し時間が経って、僕はキッコさん達のいる部屋の引き戸をそっと数ミリずらす。
しかし、部屋を見ればもう、着替えは終わっているみたいで何やら雑談をしていた。
カタンッ!
僕は、引き戸の近くにあった何かを踏んだみたいだ。
マズいぞこれは。
「やべっ!」
思わず声も出てしまう。
すると、美徳が気づいたらしく、引き戸のあるこっちへ凄いスピードでやって来て、引き戸を開けた。
「は、はろー」
僕は苦し紛れの挨拶をする。
「なによ。この出歯ガメ!」
美徳が仁王立ちする。
「いやー。一刻も早くキッコさんの姿が見たくて」
「嘘おっしゃい。キッコさんの着替えが目的だったんでしょ?」
「いやー。年頃だもんで。あ、ピンク!」
見上げれば、美徳はタイトスカートで、近くにいた美徳のスカートの中がチラッと見えた。
「きゃっ!覗くなぁっ!」
「ふごっ!」
美徳に思いっきり頭を踏んづけられた。
「あんたって人はァ~!一度ならず二度までもぉーっ!」
踏みつけられたまま、ぐりぐりされた。
「ふぐぐ。痛いって!」
「覗いた罰よ!」
「いでで…いい加減に…」
少し痛かったが、何とか頭をズラして脱出する。
そしてその場に立つ。
「次からこんな事はしないで。いいわね?」
「さーあ。どうだか」
「ちょっと何よ!『どうだか』なんて!またやると言うの?…男の人ってどうしてこんななのかしら?」
「まあ、許してくれよ?」
「だーめ。次は警告じゃ、済まさないわよ!」
「へいへい」
「反省ないのね…」
「何をやっておるのじゃ?二人して」
「キッコさん聞いてよ。健太郎は、キッコさんの着替えを覗こうとしてたのよ」
「ほほう?健太郎。お主はあたいの様な妖怪でもいいんかい?」
「いや。そうじゃなくて」
「大概にするが良い。さもないと…」
キッコさんは両手を上げ僕を睨み眼を光らせる。
キッコさんの眼は、瞳が赤いのだが、青白く光ったのだ。
何だか、かなり恐ろしいものがある。
「ごめんなさい!」
僕は謝るしかなかった。
「ならば良し」
「キッコさん。ごめんなさいの一言で簡単に許すの?甘くないかしら?」
「いい。これで良いのじゃ。もしも次が有ったら健太郎本人は『愚かだった』と気づくじゃろうて。それがいかに迷惑な事か、身を持って知る事になるじゃろう」
「キッコさん。『身を持って』って。それは体罰みたいなの?」
「そうじゃよ。そうでもしなければ懲りない場合もあるからのぅ。…健太郎や。聞いておろう?体罰がいやなら、これ以上するでないぞ?」
「わ、分かった。分かりましたぁ!」
僕は、どこか言い方の恐いキッコさんに、従うしかなかった。
そして許しを得た所で、話しを切り替えて見る。
「しかし、こうしてみるとアレだね。キッコさんはガタイがいいほうだから、ダメかと思ったけれど、着てみるとしっかり女らしさあるもんな。
美徳のコーディネートが良かったからか」
「ふっふーん。どうだ!上手く選んだでしょう!」
美徳は自慢げに言う。
「ああ」
僕は素直に頷いた。
それから。僕たちは出来合いのもので夕食を作り、そして食べ、美徳は帰って行った。
「じゃあ明日。学校遅刻せずに来なさいよ。またね」
「またな。気をつけて帰れよ」
僕は美徳を送った。
そして。
久々にテレビゲームを出してみた。
出したのはプレイビジョンTWOと言う
少し古いハードだ。
threeと言うのも出ているけど、高くて手が届かないから買って居ない。
そして僕は格闘ゲームソフトのバンパイアストームという、格闘ゲームソフトを出して起動させる。
このゲームは、主にドラキュラや狼男、キョンシーなどを操って進めていく格闘ゲームだ。
その中で僕は、比較的操作のし易い狼男を使ってプレイする。
「…よし!ストーリーモードクリア!次はVSモードだな」
遊んでいると、キッコさんが僕の頭のてっぺんを軽く平手打ちしてきた。
「これ健太郎。てれびを見ながら何しておる?」
「これ?TVゲームやっているんですよ」
「てれびげーむ?」
「うん。コントローラーでもって、キャラクターとか操って遊ぶ遊び!」
「ほう。遊びなのか。てれびを使ってそんな事も出来るのか!?」
「やって見ますか?」
「やってみたい!」
「そうですか。じゃあ……」
僕はコントローラーをキッコさんに手渡し、練習モードで使いながらキッコさんに操作を教える。
「この、○ボタンがパンチで×ボタンがキックで…」
「ぱんち?きっく?」
「…殴る、蹴る、ね」
「殴る蹴る?なんじゃ?このげーむとやらはお互いに殴り合いをするのか!」
「そうですけど何か?」
「健太郎は日頃、鬱憤でも溜まっておるのか?」
「いや、そんな事は…」
「ただ、単純に動きとか面白いから」
「面白い?むーん?そうには見えんのじゃがなー?」
そう言われて、何か微妙な感じもしたので、ひとまずリセットボタンを押した。
「ちょっと待ってください」
僕は、デモンストレーション画面の間にもう一つのコントローラーを引っ張り出して用意する。
「じゃあ、僕と対戦してみますか?練習がてら?」
「お手柔らかに」
「じゃあ始めますか!」
僕はキッコさんに操作を教えながらプレイする。
最初はパンチは弱く、回数も少なく。
時にはろくに操作をせず、負けてみたり。
まあ、勝たせてもらったのが殆どだけど。
「たっは~!健太郎よ。手加減するのじゃ!」
「してますよ?」
「ぶー。これで手加減しているのか。九つやって二つしかうちは勝ってないじゃないかぁ!?」
「それは…必殺技とかだせてないから」
「必殺技?」
「そうです。十字キーを時計回りに動かしてパンチボタンを押すと…ほら。何か出てきた」
画面上では、狼男が青白い飛び道具を出す。
「ほほー!」
キッコさんも僕と同じ狼男を使っていたので、操作を真似る。
「わっ!出せた、出せた!」
嬉しそうなキッコさん。
そんな調子で操作を覚えてきたキッコさん。
「健太郎や。暫くはお主でなく、こんぴゅーた戦とやらでやせておくれ」
こう言ってきたので、僕はキッコさんのプレイを鑑賞する。
しかし…
「あうぅー。勝てないぃー」
キッコさんは半ば涙目になり、コントローラーを床に落とした。
全くもって本当に勝てないのだ。
「もう嫌じゃ!健太郎よ。もっと単純なのはないのか?竹とんぼとか駒とか、びぃ玉とか!」
「駒やビー玉って…」
僕はふと、思い出す。
待てよ?オセロとかあった筈。
僕は、ゲームソフトを仕舞っている棚を探す。
そうしたらあった。
シンプルシリーズの『オセロ』が。コレならキッコさんもやれるだろ?
「有りましたよ。キッコさん。コレならば僕と対戦しても大丈夫と思うよ?」
「どういったものじゃ?」
「『オセロ』です」
「おせろ?」
「黒と白の駒があって、黒い駒は白い駒を縦、横、斜めから挟みうちにしてひっくり返すんです。白はその逆が出来ます。
それで、決められた升目の中で、最終的に駒の多い方が勝ちって言うゲーム」
「数の多い方が勝ちか。単純明快じゃな」
「じゃあ、対戦してみましょうか」
僕は、キッコさんにオセロゲームのやり方を教えた。
先ずは僕が先行で黒からやる。
「…それで、こうした場合は2方向のをひっくり返せる…と」
「おぅ?そんなに沢山!?やられた!」
「どうです?特にこの四隅をとれると、ひっくり返せないので優位になるんです」
「ほえー」
そして暫らく打って。
「よし。埋まりましたね。数を数えましょう」
「見た目から、うちの負けは見えてるんじゃが」
「……38対26で僕の勝ちですね」
「……まだ初戦じゃ!次は負けぬぞよ!」
「望む所です。じゃあ次は、僕が後攻で」
………。
「20対44で、キッコさんの勝ち」
あれぇ?オセロって大抵は後攻の方が勝てるんだけど…僕が下手なだけ?
「あたいの勝ちか!?」
「そうですね」
「じゃあ、もう一度勝負じゃ!」
一度勝った事に味をしめたのだろうか?
キッコさんは続けて勝負しようとする。
「えーと。じゃあ、キッコさんは先攻?それとも後攻?」
「先攻でやらせておくれ」
「わかった」
再びオセロの勝負が始まる。
僕が後攻なんだ。次は勝てるハズ。
……。
そして、その結果は。26対38で僕の勝ち。
「やったー!!勝ったー!!」
「ぬぅっ!健太郎よ。もう一回じゃ!」
「ええ。やりましょう!」
お互いにこの勝負に火が点いた。
勝った負けたで勝負をし続けて、僕が振り返り、時計を見ると…。
「げっ!?深夜12時を回ってる!流石に寝なきゃ!…キッコさん。今日の勝負はここまで!」
「んー?御終いにするのか?」
「そーです。もう、何十回と勝負したんですから!いいでしょう?」
「そうじゃな。健太郎よりも勝たせてもらったし。よしとするかのぅ」
「くっ!」
そうなのだ。オセロでの勝負は、僕よりもキッコさんのほうが勝ち数が多いのだ。
「ふー!勝って気持ちよい。健太郎、お休み」
「お休みなさい」
キッコさんは、押し入れの中に消えていった。
……朝。
「起きろ、健太郎。起きるのじゃ!」
「うーん」
キッコさんに、布団の上から身体を揺さぶられて起こされる。
「学校に遅刻してまうぞ?」
「え!?…すわ、こんな時間?行かなきゃ」
僕は急いで支度をした。
「朝ごはんは?」
「僕はいらない!キッコさんは自分のを適当に作って食べといて!」
「あい、わかった。じゃあ、気をつけて行くのじゃぞ」
「いってきまーす!」
―学校。
「健太郎。おはよっ!……目が赤いよ?どうしたの?」
「おはよう。…実は、キッコさんとオセロで徹夜」
「え!?」
「それでも5時間は寝れてんだけど…やっぱり眠い」
「なにやってんのよ。あんたは」
「反省してる。返って気が滅入ってどうにもならないのな」
そして。
「先生来たよ」
「長い一日の始まりだな」
チャイムとほぼ同時に先生がくる。
担任の川間友美先生は、歴史担当の先生だったりするのだ。
―あっと言う間に放課後。
部活の科学部で、この間買った電材を用意する。
それと、目覚まし時計だ。
「よし。作るか!」
イメージしたのは、テレビでみた鉄道会社の
目覚ましのシステム。
目覚まし時計のセットした時間になると、風船に、ファンから空気が送り込まれて膨らむ。
膨らむ前の風船を枕の下に仕込み、時間になると膨らんで、頭が動かされて起きる。
そんな寸法だ。
カシャカシャ、コショ。
トントン。
「うん?もうこんな時間か。完成しなかったな。まあ、時間だし帰るか。
「ただいまー。…卵を焼いたような匂いが?」
「おかえりー。健太郎や。何か暇だったから、めしを作っておいたぞ!」
「キッコさんが?あり…がと」
ガスコンロとかその他をまだロクに教えてない筈なのに。
どうやって覚えたんだろう?
「卵がゆにしてみたぞ。しかし何だ。食料がないのう。どうにかならんのか?健太郎?」
「食料が無いってのは余計です!今までがだいたいコンビニ弁当とかで済ませてましたからね!」
「こんびに弁当?」
「そうです。作る余裕なんかないから、コンビニ弁当で済ませてたから。
食材は少ないですよ」
「それでれいぞうこには食べ物が少ないのか」
キッコさんと話をしていて何か和感を感じた。
そうだ。キッコさんは、どうやってガスコンロや炊飯器の使い方を知ったんだ?
冷蔵庫まで分かっているし。
この疑問を解くべく、僕はキッコさんに質問する事にした。
「キッコさん。ガスコンロや冷蔵庫とか。どうやって知ったの?」
「がすこんろか?それはてれびをみてだな、料理を教えてくれるえいぞうとか、その合間に流れるそのまたえいぞうでだな。それで知ったのじゃ!」
料理番組の合間に流れるそのまた映像って……分かった!コマーシャルか。
僕は、まだ数日しかキッコさんと会って居ないが、キッコさんの吸収力の早さには驚いた。
そういえばキッコさんは言わば「昔の人」なんだから、僕がこれからの生活の為にもいろいろ教えてあげればいいんだ。
「キッコさん」
「なんじゃ?」
「僕が改めて、生活に必要な事をお教えしますよ」
「ああ、頼むよ。教えてくりゃれ。未来の物はたくさん在りすぎて難しいと思っておった所じゃ。名前も違うし、便利な物を覚えたい」
…こうして、僕のキッコさんに対する教育?が始まった。
キッコさんは「居候」なので、改めて教える事にする。
掃除機の使い方や、お風呂の掃除。
それから、食器洗剤の事やら、食器洗いとか、洗濯機とか。
炊飯器とか電子レンジとか。
一日で詰め込んだ。
「…健太郎や。まだあるのかぁー?もうへとへとじゃよー」
息を切らして訴えるキッコさん。
「あと、もうひとつだけ。電話のかけ方、受け方…はっ!これはダメだ。キッコさんは出しちゃ」
「でんわー?何じゃそれは?」
受話器を通して会話出来るんですよ。例えば、遠く離れている、あのポン太郎とかとね」
「なぬぅ?離れていながらに直接ポン太郎と会話出来るのかぁーっ!?」
「うわ!そんなに大声出さなくも!…いまのままのキッコさんじゃ、電話帳とか見ても番号とかも分からないでしょうし。使わないほうが」
「えー?けちー」
「けちとか言わないの!もしも今キッコさんが出たりしたら、大変だから」
「教えてくれればちゃんと覚えるぞ?」
「じゃあ、これの文字や番号。分かりますか?」
そう言って僕はキッコさんに、イ○ローページを差し出した。
「どれどれ!?貸してみぃ」
ページをめくるキッコさん。
「ぬうっ!ほとんど読めぬ!悔しいっ!特に漢字やひらがなと違うこれがっ!健太郎や。これをなんと読むんじゃ?」
そう言ってキッコさんが指差したのは、アラビア数字だった。
「アラビア数字か」
「あらびあすうじ?」
「んと。南蛮渡来の文字とでも言っておくかな?」
「ほー。これは直ぐにでも覚えたいのう」
「そうですか?じゃあ。これが『れい』でこの文字が『いち』で……。」
「ふむふむ」
こうして、キッコさんに数字をアラビア数字から、ついでに漢字数字も覚えて貰った。
そして、時計に目をやると、また深夜を回っていた。
「もうこんな時間か。キッコさん。もう寝ましょう!」
「なー、なー!?もうちっと教えてくりゃれ?」
「いやです!!明日学校なんだから」
「そこをなんとかしてくれぃ!」
「ダメなものはダメ!」
「えー?いかんのかー?仕方ないのぅ」
「分かったら寝て下さい。まだ明日があるんだから」
「ほ!それもそうじゃな。それでは寝るとするよ。お休み、健太郎」
「キッコさん。お休みなさい」
……。
そして、翌日の放課後。
僕は、美徳に買い物に付き合ってもらう事にした。
「どうしたの?健太郎?」
「いや、な?キッコさんに漢字やら数字やらを覚えて貰おうと思ってさ。読み書きや簡単な計算とか。
その漢字や数字のドリルを買おうかとな。美徳が居れば恥ずかしくなくて済むし」
「はあ?キッコさんに文字教えてるの?」
「そうだけど?まずは基本からって事で」
「へえー。そうなんだー?うふふっ」
美徳が笑う。
「何笑ってんだよー!」
「健太郎がキッコさんの為に必死になってるのが微笑ましくって。良い感じね」
「なんだよその、良い感じってのは?」
「良い感じは、良い感じよ!」
「?」
僕は、美徳が笑った理由が分からなかった。
商店街の書店。
この書店だけは小売店が並ぶ中では比較的大きくて広い。
そして、書店に入り、本を探す。
先ずは教科書関係のセクション。
そして上から吊り下げられている看板を頼りに探す。
先ず児童書の所。
僕は幼稚園の時の記憶を頼りに本を探す。
そして程なくして目的の本が見つかる。
「あった!ひらがなの書き取り本!」
「えぇー!?キッコさん、幼稚園児じゃないのに」
「何事も基本から!キッコさんは、喋れる事は喋れるけども。
文字にしたら、ちゃんと合っているか分からないじゃん?それで必要だと思ったんだよ。確認も兼ねてさ」
「…そおねぇ。やっぱり、日常で使うから必要だわね」
「だろぉ?」
そして僕たちは、ひらがなの他に漢字ドリル、算数ドリルを探してそれらを買い、そして帰る。
「美徳?今日は家来る?」
「いや、いい。今日はちょっと用事があるからね」
「そうなんだ。じゃあ、また明日な!」
「うん。じゃあーねー」
僕は家に帰る。
その途中でキッコさんがいた稲荷を管理する神社の直ぐ脇を通り過ぎたとき、見慣れていない自動販売機が置いてあった。
「ファイブスター?どこのメーカーだろう」
僕は、販売機のディスプレイを見る。
そして意外な物を見つけた。
「おっ!これは。キッコさんが喜ぶかも」
僕はその缶ジュースを買って帰路につく。
「ただいま―」
「おかえりー。健太郎」
「今日はキッコさんの好きなものを見つけたよ」
「うちの好きな物?」
「そうです。じゃーん!苺ミルク!」
「なぬ!苺みるくじゃと?買ってきてくれたのか?」
「はい。前のとはちょっと違いますけどね」
僕は苺ミルクの缶をキッコさんに見せる。
「おや。前のと絵柄が違うみたいじゃのう?」
「そうですよ。同じ苺ミルクでも、前のとはメーカーが違うから。今度のは苺の果肉入り」
「かにく?」
「この缶ジュースの中に苺の身がほんの少し入ってるんですよ」
「いちごの身がか?それはおいしそうじゃな」
「じゃあどうぞ。キッコさん。飲んでみて」
僕はキッコさんに苺ミルクの缶ジュースを手渡す。
「かたじけない」
キッコさんはそう言うと、缶ジュースのふたを開けてぐーっと飲んだ。
キッコさんは飲み終えると息をついて幸せそうな顔をする。
「健太郎。前に頂戴したものよりもこちらの方が良いな!次回もこっちを買ってきてくれると嬉しい」
「そうですか。じゃあ、次もコレにしますね。所でキッコさん」
「何じゃ?」
「キッコさんて文字をどの位書けるの?」
「文字か?ならば半紙と墨、それに筆はあるか?」
「いや。三つとも無いです」
「なんじゃと?それでは書けぬじゃないか。
健太郎。お主は学校ではどう物書きしとるのじゃ?」
キッコさんに言われて僕はシャープペンシルを取り出す。
「これで…」
「んなぁ?筆とは程遠いではないか!?」
「これ、シャープペンシルと言って、いつまでも細い字が書き続けられる優れものです」
「細い字をいつまでも?どれ?ちょっとそれを貸してみい?」
「それじゃ、はい」
僕は、シャープペンシルの芯を出してからキッコさんに手渡す。
「どれどれ?」
キッコさんは、書道筆と同じらしき持ち方で、シャープペンシルを持つと
何やら書き始める。
僕はその様子を見る。
すると……。
「ううー」
キッコさんが唸り始めた。
「だーっ!」
キッコさんは途中で投げ出してしまった。
「どっ、どうしたんですか?」
「何かこう…硬くってしっくりしないんじゃ。健太郎や。本当に筆は無いのかえ?」
「えー?待てよ?筆…筆っと…」
僕は出来る限り考え、そして思い出す。
そうしたら、年賀状の仕舞ってある箱の中に筆ペンも入っているのを思い出した。
そして、箱の中から筆ペンを取り出しキッコさんに手渡す。
するとキッコさんは感触を確かめた後、書き始めた。
。
「出来た!」
キッコさんがそう言うので文字を見て見る。
「なるほど…分からん…」
キッコさんの文字はいわゆる達筆と言うものだった。
読めないので、キッコさんに聞いてみた。
「なんて書いてあるの?」
と、僕が質問すると
「市原の 紅葉をみて 和むかな」
と、こう俳句を詠んだ。
何で市原?それに何で紅葉なの?
ここは木皿津なんだけど。季節はまだ夏なんですけど?
しかし、これでキッコさんの文字の認識とかが分かった気がした。
それで僕は、キッコさんにシャープペンシルに慣れてもらうのと、平仮名の書き取りをしてもらう事に決めた。
「キッコさん」
「何じゃ?」
「キッコさんの、文字に関係する事はおよそ分かりました。
それで、このドリルで今の文字を覚えてほしいんだけど」
「文字を覚えるのか?」
「キッコさんは言わば『昔の人』なんだ。キッコさんにとって未来である今を生きるには必要と思ってさ。あと計算とかも」
「むう。健太郎からみればあたいは、昔の人であるがの。うーむ。『今を生きる』か。…ならばしっかり覚えよう。健太郎。お主、しっかりとあたいのことを見てくれるな?」
「勿論ですよ」
こうして、キッコさんとの勉強が始まった。
…そして約1時間後。
「ふわあー。何だか疲れた。健太郎。これはどの位書けば良いのか?」
キッコさんにそう言われて僕はみて見る。
みると、平仮名と漢字のドリルは3回位のなぞられた跡があった。
「随分と書いたみたいですね?覚えましたか?」
「もう、大丈夫だと思うがなぁ」
「じゃあ、そう言うならばちょっと質問しますよ。まず『は』は?」
「『は』じゃな?こうじゃろ?」
キッコさんは紙に「は」と書いた。
「じゃあ、次は『わ』」
…これも合ってた。
「じゃあ『え』は?」
そして、僕の質問でキッコさんが書いたのは「え」と「ゑ」の両方だった!
「まあいいか。じゃあ次は『きっこさん』て書いてみて」
「あたいの呼び名か?」
「そうです。それをそのまま文字で」
「ん」
キッコさんはすらすらと書いてみせた。
「大丈夫なようですね。…じゃあ、気分転換に外にでも行きますか?」
「なぬ?外に行くのか?」
「ええ。キッコさんを外に連れ出してなかったし」
「本当にいいのか?」
「いいんですって!」
「やった!外の空気が吸える」
「くれぐれも耳と尻尾だけは隠して下さいね」
「あい、わかった」
そして、外に出る。
向かうのは、あの苺ミルクの販売機がある神社と公園だ。
そして、歩いてしばらくすると神社に着く。
そして販売機で直ぐに缶ジュースを買い、キッコさんに渡そうとした時だった。
キッコさんが小刻みに震えいる。
「キッコさん、どうしたの!?」
キッコさんは何も言わずに、震えがピークに達したかと思うと
きゃいん、きゃいんと泣きがら凄い勢いで公園の方へ走り去っていってしまう。
「ちょ!…キッコさん!?何がどうしたって言うんだよ!」
キッコさんの突然の逃走に、僕は慌てて追いかける。
ただ、キッコさんの足は速く、その影は次第に小さくなり、見失った。
「見失った!でも、公園にいてくれるといいけど…」
僕は公園に着き、公園の外周から周り始め、キッコさんを探した。
暫く探していて、遊具広場の入り口に差し掛かった時。
キッコさんは見つかった。
「キッコさん!見つけた!こんな所に居たんだ」
「……はぁ。健太郎か?」
「探したよ。キッコさん。息を切らしてどうしたんですか?オマケに顔が少し青いよ?」
「実はなぁちょいと苦手な気配を感じてなぁ」
「キッコさんの苦手な気配?」
「そうじゃ。あの気配。今でも忘れん!あの気は乾坤のものじゃ!」
「へ?乾坤って誰?神社の守り神のひとつとか?」
「乾坤は白狐じゃ!」
「乾坤ってのは名前で、白狐なの?」
「ああ。あの寺の守り神なんじゃて。あたいよりも力はあるし、何よりも『二枚目』であることがあって大の苦手なのじゃ!」
「二枚目?狐で二枚目えーっ!?」
僕は正直、驚いた。
白狐の事は知っているつもりだったし。
だけれどキッコさんの言う「二枚目」と言うのはやはり気になる。
何故なら二枚目と言うのは歌舞伎で言う看板役者であり、今で言うイケメンとかプレイボーイの事だし。
うーん。でも、狐のイケメンて言うのはどんなのだろうか?
一応、想像してみたがダメだった。
何か、どうにもならないのでとりあえず、キッコさんに缶ジュースを渡す事にする。
「キッコさん。はい、これ。苺ミルクの缶ジュース。キッコさんには、さっき言った白狐の乾坤とかいうのの事を詳しく聞きたいのだけど、いい?」
「別によいぞ」
「ならば良かった」
キッコさんに缶ジュースを渡すと、何か急いで飲もうとする。
何だかそれじゃマズいので
「キッコさん。もっとゆっくり飲んで下さいよ」
と言うと
「ああ。そうする」
と言って缶ジュースを下に置いた。
そして、僕はキッコさんに質問する事にする。
「キッコさん。その乾坤とかいう白狐の事を詳しく聞かせてくれないか?」
「そうじゃなあ……。乾坤の奴は、あたいが目の醒める前から既に妖怪化しとった古狐での。あの神社の建立された時から崇められていたそうじゃ。
元が大きな社なだけに、人の信仰心によっての妖力も大きいみたいでの。それ故、あたいは適わんので近づきとう無いんじゃ」
「適わないって。ケンカでもしたの?」
「ケンカとかじゃのうて。力の差で手込めにされるのが嫌なんじゃ。一度酷い目にあっておるしのー」
「酷い目?何でです?それを聞かせて貰えません?」
「言いとう無い。恥ずかしい事なのでな」
「そうですか」
「…ちょっと木に登って涼むよ」
キッコさんはそう言うと、缶ジュースを持ち直して、木の側まで歩きそこからふわりと体を浮かせて木に登る。
僕はキッコさんの言う「恥ずかしい事」を出来る事なら聞いて見たかったのだけど。
これじゃあ、デリカシーが無いってものだもんな。仕方ないか。
僕は再びキッコさんの方に目をやる。
するとキッコさんは、缶ジュースの残りを飲みながら遠くを眺めて微笑んでいた。
さっきは落ち込んでいた様子だっのに、立ち直りの早いというか何というか。
僕は、近くのベンチに腰掛けて、夜の星空を見上げる。
一見すると星は余り多く無い。近くに街灯があるためなのだが。
僕は死んだ親父の事を振り返る。
聞いた話しで、工場内で地震の混乱から車にひかれて死んだ親父。
何故、親父が死ななきゃならなかったのか。
地震の混乱があって、巻き込まれて…
そりゃあ、早く独り暮らしが出来るのを望んじゃいたけど、親父には親孝行をしたかった。
それが出来ずに行ってしまった。
親父が死んでから、幼なじみの美徳にはだいぶお世話になって居るし、小さい時から身の回り事は結構
やっている積もりだけど、何か足りないし、淋しい。
でも、稲荷神社の縄を切ってしまった事でキッコさんが現れる様になってからは今までそんな事は忘れていた。
それは返って良い事かも知れないけれど。
これからはどうなるんだろうか?
……あんまり考えても仕方がなくなってきた。
僕は腕時計に目をやる。
すると、丁度いい時間なので、帰る事にする。
「キッコさん。そろそろいいかなー?蚊にも刺されまくるし、帰りたいんだけど?」
「んー時間なのか?しょうがないのう」
キッコさんはそう言うと木から降りてきた。
そのキッコさんをみていたら、急に手の甲がかゆい。
蚊に刺されている。
それに対してキッコさんが蚊に刺されている様子は無い。
「キッコさん。どうして蚊に刺されてないの?」
「蚊か?それはな、妖力を使って弾いているからじゃ」
「へー。便利なんだね」
まあな。あたいは蚊が嫌いなんじゃ。触れたら最後。蚊には冥土に行ってもらうのじゃ」
「冥土っすか」
などと話していたら、キッコさんからパチン!と破裂するような音がした。
「また、蚊の奴を冥土に送ったったわ」
「キッコさん。言い方が何か怖いんですけど」
「蚊は嫌いじゃ!」
キッコさんてばよっぽど嫌いなんだな。
しかし、近づいた蚊をことごとく落とすなんて…狐型蚊取り器か?
………。
そして帰路につく。
また明日も学校だ。
そして翌日。
「おはよう。健太郎。期末テストももうすぐだねぇ。勉強は進んでる?」
「美徳。期末テストっていつだ?」
「来週。ホームルームでもう一週間前から言ってたでしょう?勉強、してないの?」
「ほとんどしてない…」
「…っとに、健太郎ってば。…今日は無理だけど、明日はキッコさんを連れて家に来なさい!勉強するわよ!」
「…勉強するのはいいけど、何でキッコさんまで?」
「キッコさんだって、きっと独りじゃ淋しいでしょ?それに、健太郎の勉強を見てもらういい機会だわ」
「キッコさんが監視役ってか!?」
「そーよ!文句ある?」
「キッコさんに務まるのか?」
「普段、集中力の無い健太郎にはいいと思うよ?」
「ぐ…。美徳には、そう見えてたんかい」
「そういう事よ?」
……。
そして放課後。
「今日は放っぽりだしていたのを作るか」
部室にこもり、あの枕の作成の続きをする。
そして約30分後。
「…ううっ。だーっ!あともう少しで完成なのにっ!…僕って集中力ないのかも」
作る為の集中力が切れてしまった。
美徳に言われていた事もあり、何だか悲しくなってきた。
「仕方ない。家に帰ろう」
帰る支度をして校門をでてしばらく。
美徳の姿を発見した。
「よーう!美徳ぃ!用事って買い物の事だったのか?」
「うん。今日発売CDとか、他の買い物」
「そうか」
「ねぇー。健太郎。もう少し買い物が残っているのよー。だから、付き合ってよ?」
「まだあるのか?」
「ご覧の通り両手が塞がっててさー。ねぇ、お願いっ!」
美徳の手の方へ目をやると、確かに両手にスーパーとかのビニール袋を持っていた。
「分かった。手伝うよ」
「ありがとう!」
こうして、美徳の買い物に付き合い、その荷物を美徳の家に置き、帰宅。
後はテスト勉強をして、一日が終わった。
翌日。
学校が終わり、軽く食べてから、キッコさんを連れて外に出る事にする。
「…という訳で、勉強をしに美徳の家に行くから。キッコさんもついてきて」
「そうか。健太郎の勉強を見張れば良いのじゃな。お安い御用じゃ」
「俺は何か気が重いよ」
「そんな事言うて。この間、あたいの読み書きを見張っていたお返しじゃよ?」
「お返しって。あれは苦痛だったの?」
「うんにゃ。役にたったよ。苦痛では無かった」
「だったらいいじゃん…じゃあ、そろそろ行きますか。…くれぐれも耳と尻尾は隠して下さいね?」
「あい、分かった」
………。
そして美徳の家につく。
美徳の家は、昔からの大地主だったそうである。
いつ見ても美徳の家ってば大きいんだよな。
「ごめんくださーい」
程なくして玄関のドアが開く。
「はーい。待ってたよ。健太郎、それにキッコさんも」
「おじゃまします」
「おじゃまする ぞい」
そしてすぐさま美徳の部屋に行く。
美徳の部屋は、洋室で、ぬいぐるみとかもあるが決して多くはなく、明るく落ち着いた感じの部屋だ。
「じゃあ、そんなに時間が有るわけじゃ無いから始めるわよ」
僕と美徳は教科書とノートを広げて勉強に入る。
続く