わたあめ
「わたあめを買いに行こう」
なんか僕と妹にくっついてくる形で一緒に行動していたノリノリの部長がそう言った。
「なんでまたそんな子どもっぽいもの食べたいんですか?」
「子どもっぽいとか、それは心外だな。説明してやれ香月」
「わたあめって言うのは、元々古代ローマから続いているコロシアムという」
「あ、もういいです」
横で首をかしげて『どゆこと?』としている妹にも『聞かなかったことにしてあげて』と言うと、素直に首を縦に振った。聞き分けのいい子は大好きだ。
「香月。君は文芸部の素質がないな。今すぐやめたまえ」
「そ、そこまで言う必要なくね!?」
「じゃあ代わりに僕がやめますね」
「綾瀬君。君がやめたら誰がツッコミをするんだい? 文芸部には君が必要だ」
また嘘なのかどうなのか怪しいセリフを…
しかも自分たちがボケ担当なのをしっかりと把握している。この人ら、確信犯か。
「いいかい、妹ちゃん。わたあめっていうのはね、昔々、雲を食べたいって思った人がいたんだよ。その人が頑張って頑張って作り上げたのがわたあめなんだ。だから、その人の叶えた夢を味わう楽しみを分けるためにお祭りで売られるようになったんだよ」
「へぇー。ぶちょーさんは物知りですね」
「だからわたあめを食べないというのは、その人の夢の結晶を汚すのと同じ事なんだ」
また話を壮大にして…
「部長、人の妹に適当なことを教えないでください」
「少しぐらい夢を持つべきだと思うけどな。まだ高校生なんだから」
「はいはい」
「むっ…香月。最近綾瀬が冷たい気がするのは私だけか?」
「いつも通りじゃないか?」
「言われてみればそうかもな」
「ではわたあめを買いに行こう」
「いざゆかん! わたあめのロードを!」
「食券買ってくださいね」
わたあめの売っているで店へと直接行こうとしていた二人を引き止めた。
「ハハハ。今のは綾瀬君を試したんだよ」
僕は無視して先に妹と食券売り場へと向かった。
そして食券を購入した二人と一緒にわたあめを買いに向かった。
ついていかないと何しでかすかわかったもんじゃないし。
僕は二人が食券を買っている間に、あとで替えようと思っていたたこ焼きとお好み焼きを引換えておいた。
僕の手に焼きそばを、妹の手にたこ焼きを。
「お兄ちゃん。たこ焼き。あーん」
「自分で食べるから…」
妹の顔が曇り始める。
「…と思ったけど、食べさせてもらおうかな」
「えへへ。はい、あーん」
「ん。…もぐもぐ」
「やはり君たちは付き合っているのか?」
「綾瀬。見せつけるなよ」
部長が申し訳なさそうな顔で、先輩が眉間に皺を寄せてそれぞれ言った。
「見せつけてませんよ。だってこうしないと」
「こうしないと?」
妹の純粋(邪悪)な視線に、正直には言えなくなってしまった。
「…続きは今度説明します。妹はただの妹です」
「ふん。まぁいいさ。それよりもわたあめだ」
そしてわたあめので店へ到着。
わたあめを売っていたのは同じくらいの歳の少年だった。
その少年に向かって部長が偉そうに言う。
「少年。わたあめを一つくれるかな?」
「はい。一つでいいかな? そちらのお兄さんは?」
「お兄さん?」
「あれ? 兄妹じゃないの?」
「…兄妹…?」
僕は吹き出しそうになるのをこらえた。
どうやら先輩が香月先輩の妹に見えたらしい。
部長もちっこいからな。
「…まぁいい。私がろり体型だというのを5万歩譲ったとしよう」
すげぇ譲渡だな。
「そこでだ。君が言っている『妹』という言葉だが、何を基準に『妹』としているのかな?」
「あ、いや、その…見た目?」
「まぁ大抵はそうだろう。だがもし、もっと大人の人間で兄と妹が並んでいたとしたら、それだけで『妹』だと言い切れるのかな? それはもしかしたらカップルかもしれないし、ただの同僚かもしれない。どうなのかな?」
部長の口から長い蛇のような舌が見えた。きっと香月先輩も同じようなことを考えているだろう。じゃないと一歩後ずさったりしない。
「大体だ。私とこいつが兄妹に見えたと言うなら、たいへん心外だ」
そこでガビーンとショックを受ける先輩。
「こんなやつとカップルに見えるだけでも嫌なのに、たまたま予定が合う友達が香月だけだったんだ。だから連れてきたというのに、心外だ」
大事なので、2回言ったんですね。
先輩の言葉にすっかり恐縮してしまった様子のわたあめ売りの少年。気の毒に。
「す、すみませんでした」
「言葉じゃあまり伝わってこないな。ちょっとわたあめをサービスしてくれ。ちょっと大きくするぐらいなら大丈夫だろう?」
「で、でも」
「だいじょうぶだろ?」
部長。やりすぎです。
完全にビビっちゃってるじゃないですか。
しかもこれは完全な恐喝罪です。訴えられたら負けますよ。
『無理難癖をつけ、なおかつ見返りを要求した罪』
僕なら無期懲役にしたい。平穏な文芸部デイズを送りたい。
「お兄ちゃん。あーん」
「ん」
こんな時でもマイペースな妹のおかげでこの場に立っていられるが、香月先輩は……部長が言った言葉が流れ弾となって当たったようで、先輩はその場にうずくまって狐のお面(ファンシー)をかぶって顔を隠していた。香月先輩はもうダメだ。そっとしておこう。
僕はその場を妹と一緒に離れた。もちろん二人に気づかれないように。
ディライトさんのニートくん借りました。




