妹
「お兄ちゃん。お祭り行きたい」
今年中学2年になった妹の彩奈が、朝早く僕の部屋に来てそう言った。
今日はいい天気だけど、読みたい本があったので涼しい家にこもっていることに決めた直後のことだった。
「誰か友達と行けば?」
「彩名、友達いないもん」
我が妹ながらさみしいセリフである。
なかなか兄離れをできないのが原因なのだろうが、いくらなんでもそのせいで友達がいないと自分で言うのはどうかと思う。
かといって、僕に友達がいるかと言われれば、それはそれで別の話である。
「一人で行けば? このご時勢一人で行動しても変な目で見られないし、むしろそのほうが強く育つかもよ?」
「やだ…彩名、お兄ちゃんと行くのぉ…行きたいんだもん…うえーん」
また始まった。
僕が断ると、すぐに泣く。
もうちょっと小さかった頃には、夜に布団に入ってきて『お兄ちゃんと一緒じゃないと寝れない』とか言ってて、可愛かったとか思っていたんだけど、さすがにこの年になってくると、ちょっとうっとおしい。むしろ病気なんじゃないかと思う。
しかし泣き始めると、僕がイエスというまで止まらないので、仕方なく首を縦に振ると、妹はあっさりと泣き止んできゃっきゃきゃっきゃと喜んで浴衣に着替えに行った。
部屋に鍵をつけたいお年頃。
そしてなんやかんやで昼頃にお祭りにやってきた。
昼食をここでとってしまおうという魂胆だ。出店も出てることだし。
りんご飴やらわたあめやらを買い、それを妹に渡すと、嬉しそうにしてくれた。
しかし、その姿を見て、思わず頬を緩めてしまったことを、僕はしばらくは悔やむことだろう。
「綾瀬くん。彼女は君の彼女ですか?」
「アヤセー。シーイズユーアーガールフレンドー?」
聞き覚えのある声が聞こえた。しかも通訳さながらのウザイ発音で男の声が続いた。
振り向くと、黒い浴衣を来た高城部長と黒の甚平に身を包んだ香月先輩がいた。
この人ら、実は付き合ってんのか?
しかも文法違うし。
「おっと。先に行っておくが、我々はお祭りに来たわけじゃないぞ」
「じゃあ何しに来たんですか?」
「答えは…何もしていないな。ただ歩いているだけだ」
そうドヤ顔で言う部長。頭にはちゃっかりお面をつけてますけど、口にはたこ焼きかなんかのソースがついてますけど、それでもそう言い切る部長は、もうつっこみどころの塊だった。
そして隣で狐の仮面(ファンシー)を装着している香月先輩も、きっとドヤ顔をしているのだと思うと、なんかムカついた。
「そうですか」
「つまらん。君は最近つまらなくなったな。最初は私の言う言葉一つ一つに反応してくれたから楽しかったのだが、今ではただのセールスマンの愛想笑いすらしなくなったではないか」
「部長の言い回しに飽きてきたんじゃないかと思ってます」
「うむ。これは香月のせいだな」
「俺かよ!」
と、少々取り乱しながら言ってはいるが、見た目が狐(ファンシー)なので、どうしようもないレベルで勢いがない。どうしようもない。
「おっと。君は香月だったのか。すっかりあの天狗に憧れた中二病の塊かと思ってた」
ツッコミの塊から中二病の塊への攻撃。なんともシュールな絵である。
「ひどい。確かにあの天狗はかっこいいと思うぞ。だけどアレみたいにはなりたくは」
「む? 今呼んだかな?」
「「うおぉおおおおおおお!!」」
「うおっ!」
二人の会話を聞いていたのか、どこからか天狗仮面がやってきた。その突然の本人登場に、我を忘れて叫びだす二人。もちろん部長と先輩だ。天狗の登場よりも、二人の叫び声に驚いた。
僕は家が近いせいか、何度も見たことがある。
「ほ、本物だ!」
「お、俺、こんな近くで初めて見た!」
「うむ。私も君たちを見るのは初めてだな。天狗仮面と申す。よろしくたのむ」
「わ、私は高城って言います!」
「俺は香月です!」
すっかり目の前の天狗に当てられてしまっているようだが、二人ともケイドロ大会で会ったよね?
まぁあの時は遠巻きに見てただけで、対して絡んでもいなかったもんな。
そんな天狗と戯れている二人を見ていると、僕の服の袖が引っ張られた。
「ん?」
「彩名、つまんない」
すっかりりんご飴とわたあめを食べ終わった彩名が、不服そうにそう言った。
しかたない。妹がそう言うなら、いくら同じ部活の人がいようとも離れざるを得ないだろう。
「そっか。じゃあ…あっ、時間もあれだし、ビンゴ大会始まるってさ。ビンゴカードもらいに行こうか」
「行くー」
天狗に目をキラキラさせている二人を放っておいて、ビンゴカードをもらいに本部へと向かった。
「あの、2枚ください」
「はいー」
本部でビンゴカードをもらって振り返ると、そこには若干息を切らした例の二人が立っていた。
最初の登場と違い、若干笑顔なのは天狗効果だろう。
「君はそうやって我々をおいていくのが好きみたいだな」
「天狗超かっこよかった」
香月先輩はダメみたいだ。もうダメだ。天狗にやられてしまっている。
「どれ、ビンゴ大会か。我々も参加しようか。香月よ」
「くくく。腕が鳴るぜ…」
「ビンゴカードを2枚、もらおうか」
「はいはーい」
「むむ。選ばせてはもらえぬのか?」
香月先輩は、なんか天狗の口調が移っているのか、ちょっとムカつく。
「選べませんよ。ってゆーか選んでも意味ないと思いますけど」
「そんなことはない。ビンゴカードに書かれた数字の配列、それから今日の気候、そしてあのガラガラを回す人の体調、すべてを計算してうんぬん…」
高城部長が色々と語っていたが、受付の女性は顔色一つ変えずにニコニコをしていて、ノーダメージだった。
あの部長を前にして笑っていられるなんて…
僕は、この人のことを心の中で『師匠』と呼ぶことにした。
そして四人で参加したビンゴ大会だったのだが、香月先輩だけがビンゴできずに、残念な結果になっていた。馬鹿めっ!
ちなみにアレだけうんぬんと語っていた部長だが、『ビンゴにゃー!』という猫語少女に気を取られて一つ穴を開け忘れていたようで、僕が気づいて教えるまで自分が二番だったのに気がつかなかったという悲しいことがあった。
僕と妹は、台所用洗剤と洗濯用洗剤をもらった。
天狗さん、いつもお世話になってます。




