浴衣
「あー。今年ももうそんな時期かー」
「ン?」
学校帰り、傘を差しながらフランと並んで歩いていると、ふと掲示板に張られたポスターに目がいった。
去年もそうだったけど、この絵は誰が描いているのだろうか? 小学生の誰かかな? まぁ町ぐるみで仲良しなこの町のことだから、役場の誰かの子どもでも描いているんだろう。
「そんな時期ってナニ?」
「そっか。えっと、来月に夏祭りがあるのさ」
「夏祭り! フェスティバル!」
両腕を伸ばしてワーと喜ぶフラン。しかし傘を差しているため、すぐに腕を元に戻した。その時僕の顔に跳ねた水を、自分の袖で拭いておいた。
「そうそう」
「お祭りって、何するノ?」
「毎年おんなじ感じだよ。去年はたこ焼きとかお好み焼きとか、他にクジがあったりわたあめがあったり……」
と思い出しながら言っていたが、その思い出にはあの迷惑コンビがいたことを思い出した。
部長と先輩ってば、また一緒に行こうとか言い出すんだろうか。でもうちには彩名もいることだし、なんかもうアレだな。しかも今年はフランもいる。部屋に閉じこもっているわけにはいかなさそうだ。
「お祭りと言えば浴衣ネ」
「えっ、浴衣なんて持ってるの?」
「エ?」
「え?」
首を傾げるフラン。
「持ってナイの?」
「なんで僕がフランの浴衣を持ってるのさ。おかしいでしょ」
「浩二なら持っててもオカシクナイ!」
「おかしいだろよ。彩名だって持ってないんだし、別に日本人全員が持っているわけではなかろう」
「そうなのでゴザルか?」
「そうでござる」
最近のフランは、ござる口調で言うと変に納得してくれる。日本語の不思議。
「ってわけだから、別に私服でもいいでしょ」
「いいけどさー。アタシも浴衣欲しいってワケヨー」
最近のフランは、何かと影響されやすい。クラスメイトに影響を受けているのだろうか?
「ダーカーラー、ね?」
「……僕にそんなお金があると思ってるの?」
「そんなに本ばっかり買ってるからお金無くなっていくんデショー!」
「何言ってんの! 本を買うためにお金を使ってるの!」
「たまにはフランにも恩返ししてくれてもイイデショー!」
「恩返しされるのはこっちだろ!」
「浩二のケチー! 日本人の風上にも置けない恥知らずメェ!」
「誰基準で日本人を語ってんだ!」
「あら、どうかしたの?」
ふと声をかけられたので、その方を見ると、どこかで見たことがあるような女の人が立っていた。
「浩二が浴衣買ってくれないネ! デス!」
「こら! 何知らない人に愚痴ってんの!」
フランがその人に大声で愚痴り出した。慌てて止めるも時すでに遅し。その人はクスクスと笑った。
「そっか。浴衣ね。私も若いころはよく着て……いやいや。まだ若いわ。まだ着れるし。いや、でもちょっと厳しいかしら……」
心の声が漏れている。歳をとると独り言が多くなるというのは本当だそうだ。でもこの人、明らかに僕らよりは年上だけど、そこまで歳行ってるようにも見えない。
「あら、ごめんなさい。こんなところで立ち話もなんだし、ちょっと入っていく?」
「いえ、知らない人のお家にいきなり入るわけには……」
「家っていうか、役場だけれど」
オウ。ここって役場だったのか。
なんか区民センター的な建物かと思ってたけど、普段行く機会がないから仕方ない。
女性が先に行ってしまったので、僕とフランも入る。
高校生が入ることがない町役場。
よくテレビとかで見るような場所だと思ってたけど、窓口でおばあちゃんとかといっしょに談笑している人もいるし、イメージとは少し違っていた。もっと事務的な人がいっぱいいるんだと思ってた。
「ちょっとそこ座って待っててね」
ロビー(というほど大きくはないけど)にある椅子にフランと並んで座り、初めて入る役場にフランがキョロキョロとしてる。浴衣のことは忘れたみたい。良かった。
少しして、女性が戻ってきた。
両手には紙コップを持っていて、首からは役員の証明書である名札みたいなやつをぶら下げていて、そこには『秘書課 秋原』と書かれていた。
「ココアだけど、飲める?」
「はい。ありがとうございます」
「コチラコソー」
「ん?」
フランの謎のお礼に首を傾げる秋原さん。
秋原さんはフランの横に腰を下ろし、僕らがココアを一口飲んだところで話し始めた。
「えっと、あなたは外人さんなのかしら?」
「フランはイギリス生まれのイギリス育ちデス!」
「フランちゃんね。私は秋原っていうの。よろしくね。日本の伝統衣装みたいな浴衣が欲しかったんだっけ?」
「ソウナンデス! なのに浩二が買ってクレマセン!」
「なんで僕が買うこと前提なんだよ」
「浩二くんとは恋人同士?」
「コイビト?」
この人、なんてことを言うんだ!
「違います。フランがウチにホームステイしてるんです」
「あらそうだったの。ごめんなさいね。仲がよさそうだからてっきり。それで本題なんだけれど、良かったら私の浴衣あげましょうか?」
「オー!」
笑顔でそういう秋原さん。
「でも初対面の人にそこまでしてもらうわけには……」
「いいのよ。私ももうおばさんだし、この歳になってきたら浴衣なんてもう着ないし。捨てるにはもったいないから、フランちゃんにあげるわ」
「でも」
「フラン、浴衣欲しい!」
「こら!」
フランの後頭部が見えるが、きっと目を輝かせているに違いない。
犬ならしっぽを振っているだろう。
「じゃあ決まりね」
「ヤッター!」
「本当にいいんですか?」
「いいのよ。ホームステイっていうなら、日本のことを楽しんでもらわないと困るでしょ?」
「そうですけど」
「他人からの好意は素直に受け取るべきよ」
「……ありがとうございます」
「それでよろしい」
ニコリと笑う秋原さん。
キャッキャと喜ぶフラン。
それを遠目で見ているさっきまで窓口で談笑していたおばちゃんたち。
「あれ? 秋原さん、まだいたんですか?」
「あ、町長」
「町長?」
あー。思い出した。
この秋原さんって人、何かと噂の町長さんの秘書の人だ。
なんやかんやと話している二人の会話を聞いていると、なんだか仲良さそうな感じに見える。なんかこう、町長と秘書っていう関係だけじゃないように見える。
まぁその辺は大人の事情だろう。ツッコむべきではない。
邪魔するのもなんだし、そろそろ帰ろう。
「じゃあぼくらはこの辺で。ほら、行くよ、フラン」
「オー!」
「あっ、明日浴衣持ってくるから、また同じくらいの時間に来れる?」
「明日ネ! 絶対来ますネ!」
「そう。じゃあまた明日ね」
ヒラヒラと手を振る秋原さんに、フランは手を振り返し、僕はお辞儀した。
「浴衣がどうかしたの?」
「もう着ない浴衣があるので、それをあげるっていう話をしていたんです」
「もう着ないの? 俺には見せたことないのに?」
「そんなこと言っても着ませんからね」
「けちー」
「ケチじゃないです」
……捨てそこなったココアの紙コップは、家まで持って行くことにした。
あの二人の中に戻れる気がしなかった。
セルフコラボ回




