遭遇
「うろな町はいろんな建物があって、そこらへんの町よりは充実してると思うよ」
「オー。イギリスよりも不思議なお店がイッパイ」
「イギリスは行ったことないからなー。外国は怖くて」
「日本も外国ヨ?」
「……物は言いようか」
フランにうろな町を案内すると同時に、町の中を探索中。
フランが来てかれこれ二週間くらい経つが、学校が無い日は散歩をしている。というかどこかへ行かないとフランがうるさい。よって僕の読書時間が削られているのは言うまでもない。
近所の商店街に行ったり、少し離れたショッピングモールに行ったり、または住宅が立ち並んでいる北の方へ行ったり、西の山のほうへ行ってみたり。僕も行動的になったもんだ。
そして今日はショッピングモールの奥の海の方へとやってきた。暖かくはなってきたが、まだ海に入るには寒い。
「去年は部長と先輩と海に来たんだよなー」
「オー! 今年はみんなで海に行きたいネー」
「みんなか……」
立花先輩とか来るんだろうか?
「フランは泳げるの?」
「溺れないヨ」
「微妙な回答をありがとう」
「浩二は泳げるの?」
「小学校のころに水泳習ってたから、一通りは泳げるよ」
「オー! 競争するわけじゃないカラ泳げなくてもいいと思ってた」
「まぁそうなんだけどね。去年なんか海の家で泣いた部長を励ましただけだったし」
「ぶちょーを泣かせた? 罪なオトコネー」
「あれは僕のせいじゃなかったんだけどね。今年はビーチボールとかするかもね」
どこか楽しいらしく、海を見ながらニコニコとするフラン。
僕が見てる限りだけど、フランはいつもニコニコとしている。きっとこの留学生活が楽しいんだろう。知らない土地で知らない人と新しいことだらけの生活。新鮮な刺激は人を笑顔にするっていうしね。
僕とフランが海をぼんやりと眺めながら話していると、ふと後ろから声をかけられた。
「む? これは綾瀬殿ではないか」
聞き間違えようのないくぐもった声とこの口調。
振り向いた先には例の天狗仮面がいた。部長たちがいたら大騒ぎしていたことだろう。
「天狗さん。こんにちわ。パトロールですか?」
「いかにも。町の治安を守るのは天狗の役目であるからな。ところで、こちらの令嬢の紹介をしてもらいたいのだが」
「えっと、イギリスからの留学生で、うちにホームステイしているフランチェスカです」
「フランチェスカ殿。吾輩は天狗仮面である。日々、町の平和を守っている」
と、天狗さんへ紹介。
フランを見ると、目を輝かせながら天狗さんを見ていた。
「オー! 天狗! ニンジャ!」
「吾輩は忍者とは似て非なるもの」
「天狗さんはうろな町のマスコットキャラクターだよ」
「綾瀬殿。吾輩はそんなものになった覚えはないぞ」
「周知の事実ですよ」
天狗さんは、町のマスコットになりかけていることを知らなかったようだ。町もそろそろ『天狗に会える町。うろな町』と銘打ってもよさげなくらいは浸透している。ゆるキャラとか出てもおかしくはないレベル。
と、その時。
「むっ!」
天狗さんが大きく後退した。
見ると、フランが天狗さんに向けて手を伸ばしていた。
「何をする、フランチェスカ殿」
「そのお面をつけてみたいデース」
「この面は神聖なるものである。申し訳ないが、貸すことはできぬ」
じりじりと間合いを詰めようと前進するフラン。じりじりと後退する天狗さん。
「少しだけネ。ちょっとでいいから」
「ダメである」
「日本の思い出にかぶってみたいデス」
「むむむ……」
じりいりと前進するフラン。フランのお願いにひるんできたのか、天狗さんの後退の進度が落ちてきて、間合いが詰まってきた。
「思い出は大事である」
決心したのか、そう言って立ち止まると、お面へと手を伸ばした。まさかの素顔が見れるのか?
「平太郎」
と、お面にてがかかったところで、天狗さんの手がピタリと止まった。
今のは天狗さんの名前なのだろうか、呼ばれて振り向いた天狗さんの先には、なんとも綺麗な人が腕を組んで立っていた。
「千里ではないか。どうしてこんなところにおるのだ?」
やはり知り合いらしく、天狗さんが話しかけた。
千里と呼ばれた女性は、天狗さんの元へと近づいてくる。
「どうしてじゃないわよ。平太郎こそ何しようとしてたのよ」
「むっ」
「ダメよ。その面を取ることは法律で禁じられているわ」
「……そうであったな」
思うところがあったらしく、フランのほうへと向き直す天狗さん。
「フランチェスカ殿。申し訳ないが、この天狗の面は貸し出すことはできない。フランチェスカ殿だけを特別扱いすることは出来ぬのだ。まことに申し訳ない」
「オー! 残念デース」
「仕方ないよ。今度見つけたら自分で買いなよ」
「売ってるノ?」
「いや、見たことないけど」
「浩二は適当ねー」
周りが周りなんだ。適当にもなるさ。
「そんなわけでちょっと天狗仮面と用事があるの。借りていくわね」
「用事?」
「あ、どうぞ。天狗さん、フランがご迷惑おかけしました」
「迷惑などとは思っておらぬ。こちらこそ期待させるようなことをしてしまって申し訳ない。ではこれで失礼する」
そう言って天狗さんと千里さんは去って行った。
相変わらず天狗さんは真面目だと思った。
そして隣ではフランがニコニコと笑いながら、去って行った二人の後ろ姿を眺めていたのだった。
三衣さんより、天狗さんと千里さんをお借りしました。




