新入生の新入部員・後
新入生二人が去った後の部室は、何とも言えない空気が漂っていた。
部長はあれから外をぼんやりと眺め、僕と香月先輩は何とも言えない想いで頭の中を整理させようとして、フランは状況が把握できていないだろうけど、それでもニコニコとしながら僕の隣で黙っており、立花先輩は相変わらずだった。
部室内では立花先輩のカチカチという音だけが鳴っていた。
そんな中、香月先輩が立ち上がる。
「ちょっとトイレ」
扉を開けて出ていく先輩。それを横目で見ていた部長が、大きくため息をついた。そして僕に向かって話し出す。
「すまないな」
「……僕にですか?」
「香月だって部員が増えるのは嬉しいはずなんだ。もちろん私だって嬉しいさ。多分綾瀬君やフランが入ってくれて私よりも香月のほうが嬉しかったはずなんだ」
「じゃあなおさら部員獲得には力を入れたほうがいいじゃないですか」
「ここは名前ばかりの文芸部だ。そして、私たちは半年もしたら引退しないといけない。綾瀬君ならわかるだろう?」
「…………」
「綾瀬君たちに迷惑はかけられないだろう。いや、フランの留学は今年度だけだから、実際は綾瀬君だけに迷惑がかかることになる。それを思うと、私だって部員選びには慎重になるってもんだよ」
少し自嘲気味に笑った。
僕は、少ししんみりとした部長への言葉を選ぶように言った。
「部長」
「ん? なんだ?」
「じゃあさっきの部員を入れてくれたら良かったじゃないですか」
「ん? だから……」
「いやいやいやいや。来年には僕一人になるんですよね? だったらなおさらさっきの二人を入れてくださいよ! 真面目に文芸部として活動したいのは僕だって一緒なんですから!」
「オー」
会心のツッコミだった。
僕一人になるというなら、真面目な文芸部になるということだ。問題児は今年で引退と言うことなら、なおさらすぎるだろう。
部長は目を丸くしていたが、僕は真剣にツッコんだ。変な言い方だな。
「……ぷっ。アハハハハハッハハハ!!」
そして部長は顔を背けて急に笑い出した。
「な、なんですか!」
「そういうことか。綾瀬君も香月もだから怒っていたのか」
「俺もやっと理解できたわ。ハハハ」
立花先輩もゲームから目を離さずに笑っていた。
なんのことか僕はわからず、ちょっとイラッとした。
「なんで笑ってるんですか……」
「いやぁすまんすまん。悪気はないんだ。たとえばの話をしてもいいかな?」
「……どうぞ」
そうもったいぶって言うと、部長はオホンと咳払いをする。
「綾瀬君はさっきの二人をどう見た?」
「どう見たって……仲の良い一年生で、小説を書いて読みあいっこしてる、と」
「やっぱりそうか。綾瀬君の位置からだと見えないのか。でも香月は……あいつはバカだからな」
フランは……と思って見てみたが、ニコニコしていた。もう放っておこうと思った。
「あの二人……いや、多分あの大人しかった方の鎌倉だったかな? あいつは綾瀬君には荷が重いと思ったんだよ」
「鎌倉さんが?」
「きっと鎌倉は、もう片方の長内のことが好きなんだろう」
「は?」
は?
「ずっと手を繋いでいたし、顔がマジだった」
「あれはメスの顔だった」
「え? いやいや。立花先輩まで何言ってるんですか? そんなの見ただけでわかるんですか?」
「「わかる」」
「えぇー……」
何を二人して恋愛マスターみたいなこと言ってるんだ?
「私にはボディーガードにしか見えなかった」
「だよな。付き添いっていうよりも、ウチのメンツを確かめに来たって感じ」
ついにあの立花先輩がゲームを止めてまで話に参加してきた。これは事案だ。
楽しそうに話す二人。呆然とする僕。
ま、まぁ僕のため(?)に入部を止めてくれたと考えれば良いのだろうか? 僕一人にそんな野獣の眼光を向けてくる百合乙女を制御できるとは思えない。
と、少しだけありがたみを感じていると、部室の扉がガラガラと開いた。
香月先輩が帰ってきた。全員の視線が扉へと向かった。
「フハハハハ!」
悪役さながらの笑いを決めながら入ってきた先輩の後ろに、二つの影が見えた。
立花先輩は『あっ』という声を漏らしてまたゲームに戻った。部長はこめかみを押さえた。
僕はと言うと、何とも言えない心境だった。
「トイレに行くといったな! あれはウソだ!!」
「嘘でよかったのに……」
「ん? なんか言ったか?」
「タチバナ、ナニモ、イッテナイ」
「そうか。実はあの後、二人を勧誘し直してきた! そしてこの部への入部を決めてくれたのだ! さぁ、あいさつを!」
香月先輩に促された後ろの二人は、一歩前に出てそれぞれ名乗った。
「長内羽澄です! よろしくお願いします!」
「鎌倉小町です。よろしくお願いします」
そう挨拶した二人の手は、がっちりと恋人つなぎだった。
僕は『仲良し』以上の他意はないことを祈った。
また二人、文芸部にメンバーが増えた。
追加だ。




