すっかりぽん
フランさんは、我が家に馴染んだ。
外人というものはどこかフレンドリーな印象を受けていたのだが、フランさんも例にもれてなかった。
「オー! 浩二! これはなんて読むんでイ?」
「江戸っ子かよ。これは『ゆうわく』」
「ふんふん。じゃあコレは?」
「それは『だめ』」
「オー!」
僕の部屋で本棚にある小説を読みながら、わからない漢字を聞いてくるフランさん。とはいえ半分以上が読めない漢字なので、教えている間にわからない漢字がネズミ算式に増えていっているようだった。きっと英訳の本を辞書片手に読んでいるような感覚なのだろう。つまり僕は辞書だろう。
「浩二は物知りネー」
「日本人なら大抵の人が読めるって。そういえば教科書とか読めるんですか?」
「数字の授業とイングリッシュは得意デース」
「国語とかはやばいってことですか」
「日本語は難しいンデス彩名からも教えてもらってるマスけど、イングリッシュみたいに簡単ならいいと思いマス」
「英語も日本語みたいに簡単ならいいと何度思ったことか……。じゃあ教科書読めないなら、授業とか大変じゃないですか」
「浩二が教えてくれるデス」
「同じクラスとは限らないですよ」
「オー!」
小説から目を離して、僕に顔を向けて『それは盲点だった!』というような顔をするフランさん。
とはいえ、このままの状態で学校での授業が進むとは思えない。最悪、同じクラスになった人たちにまで迷惑がかかってしまうかもしれない。
ならば選ぶべき手段はただ一つ。
「フランさん」
「ハイ」
「日本語の勉強をしましょう」
「オー! 浩二が本気ヲ出しました!」
「このままだと他の人に迷惑がかかっちゃいますからね」
「浩二のマムも迷惑はダメって言いマシタ」
「そうですよ。だから日本語を覚えましょう」
「オー!」
小説を閉じて、正座をするフランさん。しおりとか挟まなくて大丈夫だっただろうか?
映画とかの吹き替えとかで日本語を勉強したなら、きっとリスニングはバッチリだろう。現にこうやって日本人の僕とカタコトながら会話ができてるわけだし。
となると、読み書きのほうをなんとかしないといけないわけか。
「フランさんが日本語で難しいところって、なんですか?」
「漢字が難しいデース。ドウシテあんなにいっぱいの文字があるのかワカリマセン。英語はアルファベットの順番の違いデ言葉が変わってくるデス」
「まぁ言われてみれば英語のほうが簡単に思えるかも」
「やっぱり日本語は難シイ」
「むむむ」
そう言われるとなんとも言えない。
僕も英語ができるわけでもないし、漢字を完璧に読めるわけでもない。
改めて考えると、日本語はすごい難しいんだと思う。
「日本語にハ敬語とかあるカラ、もっと難しい」
「あー語尾とかね」
「英語にはそんなのは少ししかないデス。ぜんぜん敬語とかないデス」
外人がフレンドリーだと思われる由縁はそこにあるのだろうか?
「でもフランさんも敬語で喋ってますよ」
「ワタシは敬語で話しておけばダイジョウブって言われマシタ」
「確かに敬語で話しておけば大抵の人とはうまくいきますもんね」
「敬語を使うところと使わないところがわからないカラ全部敬語デス」
「仲の良い人には敬語は使わなくていいんですよ」
「オー! じゃあ浩二とか彩名には使わなくてイイデスカ!?」
「ま、まぁそういうことになりますね」
目をキラキラさせてこちらを見てくる。
「じゃあ浩二も敬語ハダメね」
「んん?」
「浩二とワタシは仲良しデスカラ! イッツフレンド!」
「お、おう」
「返事はリョウカイかワカリマシタ!」
「はぁ。わかりました」
「分かればいいのだヨー」
「それがやりたかったのかよ」
仲良し認定されました。
とはいえ、まともに友達もいなかった僕が、まさか外人の友達ができるとは。
まぁ悪い気はしないけど、ちょっとくすぐったい。
「よし。友達のために頑張りますか」
「オー!」
「とりあえず、彩名も下にいるだろうからリビングに行こう」
「オー!」
彩名も巻き込もう。
元気よく楽しそうに返事するフランと共に部屋を出ようとした。
僕がドアを開くと、後ろから倒れる音が聞こえた。振り向くと、フランが転んでいた。
「コ、浩二。足ガ、足ガピリピリしてるヨー」
そう言って、正座でしびれてしまった足の周りで手をワナワナと動かし、苦痛の表情を浮かべているフランを、僕は笑って見下ろしていた。
面白いやつだ。そう思った。
あ、綾瀬くんが、笑った……だと……?




