立花先輩
「そういえば、立花先輩はどうして部活に出てなかったんですか?」
「ん?」
放課後、いつもの部室で雑談をしていた(僕以外)時にふと思い出したので聞いてみた。
最初は『他の部員が文芸部の活動をしていなかったから』と言ってはいたが、よくよく考えてみるとあれはドッキリだったわけで、あれが本当の理由ではないというのはわかったはずだ。気づかなかったのは、きっとあの時若干のイラつきがあったせいだろう。
そして改めて思い出したのでつっこんでみたということだ。
「立花はな」
部長が先に口を開いた。
「立花は病気がちでな、今まで入院をしていたんだ。よくある話だろ?」
「病気ですか。なんの病気なんですか?」
「病名言ってもわかる?」
「聞いてみればわかるかもしれません」
「大動脈弁閉鎖不全症」
「どんな病気なんですか?」
「簡単に言うと心臓病かな」
「へー」
心臓病か。いまいちピンとこないけど。
しかし僕もなめられたものだ。
「でもあれですよね。病名はよくわかんないですけど、心臓のあの四つくらいある弁のうちのどれかが閉まらなくなる病気、って感じですよね。手術とか大丈夫だったんですか? 結構難しいって聞きますけど」
「え? んー、それなりに難しかったかな。麻酔とかすごい打たれたし」
「十時間とかかかりました?」
「いやー寝てたからよくわかんないなー」
「あれ? でもあの手術って、最近だと起きたままやって、患者さんが退屈しないようにしゃべりながらやるっていうのを前にテレビで見ましたけど」
「……ん?」
僕の勝ちです。
「部長、嘘でしょ」
「さすが文芸部に両足を突っ込んでどっぷりと肩まで浸かって温泉気分な綾瀬君はレベルが違うな。サボっていばかりいた立花とは大違いだ」
「ここまで差がつけられていたとは……」
「たっぷりと言わせてもらいます。僕の、勝ちです!」
バーンと言ってやると、立花先輩は悔しそうに床に四つん這いになった。
そしてむくりと立ち上がった立花先輩に、再度同じ質問をした。
「で、どうして来てなかったんですか?」
そう聞くと、部長は気まずそうな顔をし、香月先輩は顔を背け、立花先輩は笑顔を作った。
「ゲームしてた」
「もう来ないでもらえますか?」
とっさに突っ込んでしまった。
「こいつ、ゲームばっかりしてるんだ。だから幽霊部員だったんだが、こうして今ここにいるのが奇跡みたいなものなんだ」
「ゲーム好きなんですね」
「浩二くん。立花の場合はゲームが好きとかそんなちゃちなもんじゃない。二つのテレビと二つのゲーム機でゲームをしようと思うか?」
「人を巨大ロボットの搭乗者みたいに呼ばないでください」
「えっ……綾瀬の本名じゃん……なんで怒られたの……?」
二つの画面で別のゲーム?
しょぼんとする先輩を横目に、今聞いたことの真意を確かめるために立花先輩を見た。
するとまた立花先輩は笑った。
「よくやるよ。片方でRPGやって、もう片方でシミュレーションゲームとかやるやる。さすがにアクションとかは厳しいけどね」
「別に一つずつやればいいんじゃないですか?」
「僕、結構移り気な性格だからさ、あっちやりたいこっちやりたいってなっちゃうんだよね」
「え? だからなんなんですか?」
「ん? いちいちリセットしてソフト入れ替えてってめんどくさいじゃん」
めんどくさいって……
第一、こんなにゲーム脳の人がなんで文芸部入ったんだよ。
この人ヘラヘラ笑ってるけど、何気にすごいこと言ってるからね。
「お金持ちなんですね」
「そんなことないよ。ふつーふつー。ほとんどをゲームにしか使ってないってだけかな」
「じゃあなんで文芸部に入ったんですか?」
そう聞くと、立花先輩と香月先輩が肩を組んだ。
「俺たち友達だからさ!」
「香月がゲーム貸してくれるっていうからさ!」
「「……ん?」」
まさかの食い違い。
「いやいや。友達だから入ってくれたんじゃないの?」
「え? 友達だけど、ファイアーアドベンチャーⅧ貸してくれるっていうから入ったんだけど」
なんという真実。
「まぁいいや。そんなわけで文芸部に入ったんだけど、今年はゲームの新作ラッシュだったから大変でさー」
「じゃあこんな学期末になってなんで文芸部に復帰したんですか?」
「ゲームの中で部活に通って部活を成功させる類のゲームがあるんだけど、それやってたら文芸部のこと思い出してさ。そんで久しぶりに高城と話したら、なんと新入部員がいるというじゃないか。これは見に行くしかないって思ったわけ。アンダースタン?」
「完全に興味本位じゃないですか」
「ゲームだって、買うときは興味とパッケージとレビューで決めるだろ? それと同じさ」
同じじゃねぇだろ。
とはいえ、この人勉強できるのか?
「でも立花先輩って、ゲームばっかりしてて勉強とかは大丈夫なんですか? 今年は受験生じゃないですか」
そう聞くと、先輩三人は顔を見合わせた。
そして香月先輩が僕の肩に腕を回してきたので振り払った。
「残念だったな綾瀬」
「何がですか」
「綾瀬君。立花はさ、二年の学年首席だ」
「……は? 首席って、成績が良いってことですか?」
「良いっていうか、学年トップ」
「トップって洗濯用洗剤のことじゃないですよね?」
「いやー綾瀬君はツッコミがうまいなぁ」
「え? ホントに?」
「ほら、ゲームの時間を勉強で取られるの嫌じゃん?」
なんだこの人……末恐ろしいわ。
また変な奴が増えた文芸部でした。




