12月といえば?
「綾瀬」
昼休み。
ふと廊下を歩いていると、後ろから声をかけられたので振り返ってみると部長がいた。
「なんですか?」
「あーっと……こんなところじゃなんだから部室でもいかないか?」
「部室ですか? 放課後でいいじゃないですか」
「放課後になったら香月がいるだろ」
香月先輩に聞かれたくない話、とはいかに。
「いいですよ。じゃあ行きましょうか」
「うん」
なんだか妙におとなしい部長と並んで歩く。
部長と二人きりで良いことがあった覚えがない。海に行った時もガチ泣きされたし。
基本的に誰かを馬鹿にしたいお年頃な部長と一緒にいても、謎の哲学を聞かされるだけであって、無駄な行動力と無駄に長い説明の末に何も残らない。
そんな部長が香月先輩に聞かれたくない話とはなんなのか。非常に興味が湧きます。
というわけで、部室に到着。
なんとなくいつもの席にそれぞれ腰を下ろした。
「で、なんですか?」
「あーそのーえっとー」
部長が目線を教室のあちこちに移すものだから、そっちに何かあるのかと思ってキョロキョロしてみたが、何もなかった。
まさか盗撮されてる的な? これを先輩が見てケラケラ笑ってるとか?
……ないか。
「なんかあるんですか?」
「ある! あります!」
がたっと音を立てて立ち上がった部長。
その意気込みに僕は驚いた。
「じゃあどうしたんですか。部長らしくない」
「私らしくない、か?」
「いつもならよくわかんないことばっかりしゃべり倒すくせに。それに香月先輩に聞かれたくないことっていうのがどんなことなのか気になってるんですけど」
「私ってそんなイメージなのか……」
えっ。落ち込むとこそこなの?
てっきり自覚してるんだと思ってた。
肩を落としていた部長だったが、言う覚悟ができたのか、背筋を伸ばして言った。
「じゃあ綾瀬。12月と言えばなんだ」
「12月? んー……クリスマスとか大晦日とか紅白とか……あとは忘年会?」
「そうだな。後半にばかり行事が固まっていると思わないか?」
「言われてみれば……」
「なら前半は何をするのか。前に香月にも言ったが、クリスマスや大晦日は恋人たちのための行事と言っても過言ではない」
「すごい過言ですけどね」
「例えばの話だ。クリスマスに予定がない人間というのは、世間的に見てどう思われる。やれあいつはぼっちだ、やれモテないんだな、などなど。プラスなイメージはもたれない方が多い。まして『クリスマス中止のお知らせ』とか言ってる奴らなんかは、リア充からしてみればただの言い訳負け犬組としか思われない。なんて屈辱的なのだろうか。リア充にはリア充の過ごし方がある。非リア充には非リア充の過ごし方がある。なぜ同じ土俵で戦わないといけないのか。そもそも人間としての作りが違う以上、同じ土俵で戦うことは間違っているではないか。ボクシングなら階級別に分けられるが、相撲だと全ての力士が同じ土俵で戦わされる。私はボクシングだと思っていても、相手が相撲で戦い始めて、駆逐艦が戦艦に挑むようにボコスカにされて負ける。そんなのは悔しいと思わないかね?」
……長くて最初の方忘れたわ。
ボクシングと相撲の話だっけ? 確かに12月と言えば年末にある格闘技もあったもんな。
つまり総合格闘技で負けるのは悔しいか、ってことか。
「それは悔しいですね」
「だろ! だから我々もクリスマスを一緒に過ごそうではないか!」
「え?」
「ん?」
部長の脈絡のない発言に僕は首をかしげる。
それを見た部長も同じ方向に首をかしげる。
「えっ、なんでクリスマス?」
「んん? さっきからクリスマスの話をしていたじゃないか」
「今の流れは格闘技の話ですよね?」
「ちーがーうー! 格闘技は例え話だ!」
腕を上下に振って抗議の意を表す部長。
「あ、そんな話だったんですか。てっきりクリスマスとかあるけど総合格闘技もあるぞ、っていう話かと思ってました」
「お前、時々私の話聞いてない時あるよな」
否定はできません。
「まぁいいや。で、そんなわけなんだが、その、一緒にクリスマスを過ごさないか?」
「あー……ウチは毎年家族でクリスマスを過ごしてるんですよね」
「家族……?」
「妹がうるさくって」
「妹……?」
眉間にシワが寄って眉がピクピクと動いた。うちの妹のこと相当嫌いだな。
「じゃあ綾瀬は、私と妹ならどっちが大切なんだ?」
「は?」
えらく真顔で言う部長。
「そりゃ妹ですよ。家族ですし」
「うおぉぉ……」
立った状態から一気に床に崩れ落ちる部長。
急に崩れた部長。貧血でも起こしたのかと思って立ち上がって寄ってみると、『OTL』のポーズになっている部長が見えた。
「大丈夫ですか?」
「綾瀬」
「はい?」
「クリスマスは部活をするぞ」
「え? だから家族で過ごすって言ってるじゃ」
「知らん! これは部長命令だ! 絶対参加だからな! 休んだら文芸部として保管してる文庫本を全部燃やすからな! 絶対だからな!!」
ガバッと起き上がって早口でそう言うと、部長はダダダーっと走り去って行ってしまった。
取り残された僕は、机と椅子を整理してから部室を出た。
そして少し考えてから一つの結論にたどり着く。
「部長を放火魔にするわけにはいかない」
放課後、部長にそのことを伝えると、ひどく喜んでいたのは別の話である。
そして香月先輩もクリスマスに一緒に過ごすことになったのは、クリスマスの時の話である。
綾瀬ェ……




