本音と妖怪
「……」
文化祭一日目。
僕は、文芸部の外の掲示板に貼られた壁新聞を見ていた。
そもそも文芸部と言うんだから、何か文芸に関するものを掲載するのが普通だと思う。なのにうちの部長と先輩は、
『文芸部がやらずして誰がやるんだ!』
と多数決で過半数を占められてしまったため、反論できずになし崩し的にこの内容に決まってしまった。
でもこれはないよなぁ。
『壁新聞。テーマ・妖怪と幽霊と能力者』
なんでも香月先輩が思いついた案で、それに高城部長がノリノリで解説したのだそうだ。なんとか新聞っぽくするために文章をまとめたのは僕だ。もう上二人への反論は諦め、ただただ新聞の文章を書く機械と成り果てていた。そうしないと文芸部の存続が危ないから、そこだけは二人には譲らなかった。
そして書いている時も思ったが、もう本当なのか嘘なのかわからない、部長特有のギリギリな内容になっている。
『「妖怪」というのがいるが、それはなんなのだろうか。私が考えるに、幽霊が人間に乗り移ったものなのではないかと考える。「妖怪」が人間に憑依することによって、その人間の人格を支配してしまい、妖怪が主体となって動くものが「妖怪」なのではないか。そして人間の人格が強過ぎる場合には、「妖怪」の能力のみを引き継ぐ形でなんらかの能力を得た人間、すなわち「能力者」が現れるのではないか。そう考えると、「妖怪」の寿命が百年や千年以上というのにも納得がいくし、「能力者」が稀にしか現れないというのにも納得がいく。』(冒頭より抜粋)
とまぁ、こんな感じで何行も文字数稼ぎかのごとく文章が散りばめられている。
文章だけではと思い、百鬼夜行や妖怪が載った文献の絵なんかも入れてみたら、意外とそれっぽくなって三人で『おおぉ』と唸ったのは悔やみたい過去だ。
とにもかくにも、これを文芸部の展示物として掲示しているわけなのだが、主犯であるはずの二人が、これを張ると同時に颯爽といなくなってしまったのだ。
一応行き先は聞いているのだが…
「天文部の部室ってどこだ?」
文化祭のパンフレットを見る限りだと、どうやら天文部は三階の教室一つを貸し切って、プラネタリウムなるものをやっているらしい。とても天文部らしい。うちの先輩たちも見習って欲しいものだ。
星といえば、束ねたら不思議な力を発揮するらしく、それにホイホイと釣られたあの二人が行かないはずがない。宇宙からのパワーを浴びに行くらしい。メテオとか降り注いでくればいいのに。直撃コースでお願いします。
というわけで、天文部の展示がされている教室へとやってきた。
外からも廊下からの光も全て暗幕でシャットアウトされており、中は真っ暗のようだった。
「おっ。綾瀬」
「あー。吉田くん」
入口のところにいた吉田富雄くんに話しかけられたので軽く挨拶を交わした。彼とは同じクラスで何回か行われた席替えで席が近かったこともあって『クラスメイト』だ。…友達というほど仲良くはない。
「わざわざ見に来てくれたのか?」
「まぁ…先輩たちが来てるみたいでさ。迷惑かけてないか様子を見に」
「あの二人、綾瀬の先輩だったのか。ずっと椅子に座って上見ながら、あーでもないこーでもないこっちだあっちだって言っててさ、シビレを切らしたうちの先輩がさっき説明に割り込んでいったとこだわ」
「うわぁ…」
すでに迷惑かけてました。
「なんかごめんね」
「いいって。あの二人以外は全然人来ないし、先輩も楽しそうに星の説明をしてたしさ」
そう言うと、吉田くんは嬉しそうに肩をすくめた。
「ほら、俺は全然星がわかんないからさ、星に理解がある人が来てくれて嬉しいんじゃないかな」
「先輩に振り回されてるんだねぇ」
「綾瀬もか」
「うん。うちのとこは完全に僕が保護者みたいになってるもん」
「そーゆー意味か。俺は喜んで振り回されてるからな。振り回してくれない先輩なんて先輩じゃないし」
この言い方だと、吉田くんは先輩のことが好きっていう風に聞こえる。
と、思っていると、吉田くんがクククと笑い出した。
「えっ!? なに?」
「綾瀬って、意外と顔に出やすいタイプなんだな。まぁ綾瀬ならバラシそうもないから言うけどさ、俺、先輩を追っかけて天文部入ったんだ」
「へぇ…そんな人もいるんだね」
「もしかして綾瀬もそのクチか?」
「いやいや。まさか。ありえないわ。僕は純粋に文芸部に入ったつもりだったんだけど、メンツに恵まれなかっただけ」
「の割には楽しそうに見えるけどな」
「……まぁ、ちょっとはね」
素直に答えてくれた吉田くんに素直に答え返した。
ちょっと恥ずかしくなって目を反らした。
それがいけなかったのかもしれない。
教室の反対側のドアの方へ目を反らしたのだが、そこにニマニマとした笑みを浮かべている部長と先輩、それとさっき話してた吉田くんの先輩らしき人がこちらを見ていた。
「げっ…」
「おっと。…これは綾瀬君。楽しい楽しい文芸部部長の高城だよ? そんな声を出さずに、もっと嬉しそうにしたらいいじゃないか」
「香月先輩もいるぞ! 綾瀬。もっと楽しいことしようぜ!」
ウザイ。
このニンマリ顔はウザイ。
僕が反対側に顔を反らすと、その先へと回り込むように部長が覗き込んでくる。
「おやおやぁ? どうしたのかなぁ? 文芸部が楽しいんじゃなかったのかなぁ?」
「…普通です」
「いやいやぁ。さっき『文芸部たのちー!』って言ってたじゃないかぁ」
「そんなこと言ってませんよ!」
「じゃあなんて言ってたんだい? 綾瀬ぇー?」
後ろからは先輩のウザったらしい声が聞こえる。
僕は二人を無視してスタスタと歩き出した。二人の声も付いてくる。
「ねぇねぇ。本音を私に聞かれちゃったのってどんな気持ち?」
「『まぁ、ちょっとはね』って言ってたの、録音したいからもう一回言ってもらってもいいっすかー?」
超ウザイ。
どこかに妖怪の幽霊さんがいたら、僕に乗り移って人格を乗っ取ってくれないでしょうか?
是非今すぐ募集します。
…最速で抵抗なしに支配されますからぁ…
文化祭のお話です。
自分で短編で書いた天文部とセルフコラボしました。




