はい、論破。
「コーヒーというのは嗜好品であって、タバコと同じなのです」
「それには同意しかねる。なぜならコーヒーは飲み物であって、楽しむものではない。楽しんで飲む人間もいるだろうが、そんなものは一部の人間だけだ。大半は眠気を押さえ込んだり、好きだから飲んでいるのだ」
「不正解です。だからそれを嗜好品というのです。でもこれは紙パックに入っているし、なによりコーヒーではありません」
「なにおぅ!」
夕方の肝試しに備えて、飲み物とお菓子(300円以内。バナナ込)を買いにスーパーへとやって来た。
そこでなにやら言い合いをしている先輩を見つけてしまった。
言い合っている相手が香月先輩かと思いきゃ、大人の女性で、香月先輩と間違えてしまったことを全力で謝らなければいけないとおもった。
しかし見ていると、そんな冗談を聞いてくれるような女性ではないということがわかった。
「コーヒー牛乳というのは、牛乳にコーヒーを混ぜたものです。ベースが牛乳であるが故、これはコーヒーではなく牛乳です」
真顔でなんの強弱もなくそういう女性。
部長と違って、正論ばかりだ。
「じゃあカフェオレはどうなる。カフェオレだって似たようなものじゃないか」
「不正解です。カフェオレはコーヒーにミルクや砂糖を混ぜたものです。つまりベースはコーヒーです」
「ぐぬぬ…」
おー。
部長がうなっている。口論で負けている。
僕はちょっとほくそ笑んだ。
「あっ! 綾瀬君ではないか!」
やばっ! みつかった!
「綾瀬君! 助けてくれ!」
「嫌です。聞いてると、全然先輩の負けじゃないですか」
「なんだその笑みは! 完全に見下ろしている笑みではないか!」
おっと。思わず心の笑みが漏れてしまった。
気を付けないと。
「おほん。ってゆーか何してるんですか?」
僕がペコリとお辞儀すると、女性の方は僕を見据えただけだった。その視線は、どこか考えていることを見透かされそうな気がしたので、僕は慌てて目をそらして、部長を見た。
部長の方は、全然僕のことを見透かしてなさそうで安心する。
「コーヒー牛乳ってあるだろ? あれについてちょっとディベートを…」
「ディベート?」
「不正解です」
女性が割り込んできた。
「これはディベートではありません。ただの言いがかりです」
「さっきから不正解不正解と…。正解という言葉があるのは知らないのか!」
「不正解です。正解じゃないから不正解と言っているだけです」
「ぐぬぬ…」
そうか。部長は正論に弱いのか。いいことを知った。
そして悔しそうな表情の部長に対して、無表情ながらもどこか勝ち誇ったような雰囲気を醸し出している女性は、来ているスーツの胸ポケットに手を突っ込むと、おもむろにタバコの箱を取り出した。
そしてその箱から一本を取り出した。
まさか吸うのかよっ!?
「教授。ダメです」
後ろから伸びてきた手がライターを取り上げてそう言った。
なにやら保護者の人が来たらしく、その男の人は女性のタバコの箱を、胸ポケットへと戻させていた。
「…正解です」
「ほら、買い物も終わりましたんで、戻りますよ。ホテルでたくさん吸えばいいじゃあないですか」
「正解です。そうと決まれば急ぎましょう」
「あっ、ちょっと!」
部長が止めると、男の人だけ止まり、女性はスタスタと先へ行ってしまった。
「教授っ! あー行っちゃった。すみませんでした。あーゆー人なんです」
「全く失礼なやつだった!」
「部長。なに怒ってるんですか。正論言われたくらいで拗ねないでください」
と、男の人の視線を感じて、そちらを向くと、目があった。
そしてきっと同じことを思う。
『なんか似てる』
向こうが先にフッと笑ったので、僕も同じように笑うと、部長が不思議そうな目で僕と男の人を交互に見た。
「僕は六条寺華一郎」
「綾瀬浩二です」
「じゃあまたどこかで」
「はい。女性にもよろしくお伝えください」
手を振ると、六条寺さんは小走りで走り去っていった。
その後ろ姿を見送った僕は、未だに不思議そうな顔をしている部長へと視線を移した。
「…なんですか?」
「…デキてるのか?」
「できてません」
ここまで読んでいただきありがとうございます。
枯竹四手さんの教授と六条寺くんをお借りしました。
論破された部長。




